執筆者紹介
株式会社メンバーズ
「“MEMBERSHIP”で、心豊かな社会を創る」を掲げ、DX現場支援で顧客と共に社会変革をリードする、株式会社メンバーズです。
まず、進化するAIがビジネスに与える影響を考えていきましょう。業界や業種を問わず、さまざまな現場で生成AIが検討され、浸透し始めているのはご存じの通りです。しかし、実際にAIを導入したものの、期待した効果を十分に発揮できない企業も少なくありません。「そもそも導入する必要があったのか」と疑問の声が上がるケースも見られます。
そういった企業が導入に失敗する理由の一つに、「AIをRPAと同一視してしまう」ことが挙げられます。2023年5月にMM総研が行った調査によると、日米の企業では、生成AI(ChatGPT)の利用率に大きな違いが見られました。
※1:出典「日米企業におけるChatGPT利用動向調査」(株式会社MM総研・2023)
https://www.m2ri.jp/release/detail.html?id=580
日本の企業では文章生成、要約、校正・構造化、情報検索といったニーズで利用率が高くなっています。一方、アメリカでは「アイデア生成」や「プログラミングの支援」など、よりクリエイティブで幅広い用途でChatGPTが活用されています。
この調査から日本企業でのAI活用がRPAで補える領域にとどまっていることがわかります。「AIをRPAと同一視してしまう」ことで、本来AIが担えるクリエイティブ領域に活用が広がらない状況が伺えます。
RPAのように定型作業の自動化しか期待しなかった場合、AIが持つ高度な分析能力や予測能力を十分に活用できません。それにより、AIを導入しても業務の効率性や生産性の向上は達成しづらくなります。
それでは、企業がAIの導入に失敗する背景にはどのような要因があるのでしょうか。次に紹介するのは、生成AIの導入で業務の効率化をねらったある小売業のケーススタディです。
この企業はデジタルマーケティング部門で生成AIの導入を検討していました。同部門は商品紹介やキャンペーン情報のランディングページ(LP)を作成し、ユーザーに向けて発信する業務を行っていました。
取り扱う商品数や展開するキャンペーンが多いため、メンバーは週に10ページ以上のLPを公開し、キャンペーンが終了するとクローズするという多忙な業務に追われていました。そのような状況で、それらの業務を定型化し、LPの制作と公開をいかに効率よくおこなうかが部門の課題になっていました。
期待を背負って始動したプロジェクトですが、初期段階から障壁に直面します。導入担当者は、生成AIを活用したLPデザインとコーディングの自動作成を目標に掲げ、実装を進めました。しかし、現場からは「AIのアウトプットには人間によるチェック工程が必須」という声が上がったのです。
品質保証の観点から、検証と確認にこれまで以上のマンパワーを割かざるを得ません。AI導入以前からテンプレートの制作や定型化を進めていたこともあり、結果としてAIを使用したプロセスは複雑化し、導入前より人員の稼働が増加することに。メリットが見込めなくなり、この企業は最終的に生成AIの導入を断念するに至りました。
この企業の失敗事例を分析し、以下の問題点にまとめました。
テンプレートの活用やローコード開発によって、現場では一定の効率化と、稼働人員のスリム化が実現していました。導入前からスピードを重視したLPの制作が進んでいたため、業務プロセスの中で、どの部分をAIに担わせるかという「スコープ」が詳細に決まっておらず、「全体的な業務効率化」という目的が曖昧なまま導入が進行しました。
詳細のスコープを定めなかったことで、既存業務との整合性や、AIへの業務移管が段階的に実施できず、AI導入による業務への影響が大きなものになりました。検討時に段階的な導入をプランニングしていなかったため、初期段階で挫折してしまいました。
AIを導入した後の業務は、現場の実情にマッチしておらず、業務フローを一新するほどの影響がありました。実装をおこなうリソースが十分ではなかった上、これまでの業務フローに慣れ親しんできた現場スタッフには、新しいプロセスを拒否しがちな傾向もあったのです。
このケースでは「業務効率化」ではなく「AIの導入がゴール」になっていた面は否めません。「AI導入で何を成し遂げたいのか」という目的が曖昧だったため、期待される効果の測定も困難でした。
ここに挙げた問題点は、AI導入の成功と失敗を分けるターニングポイントを示しています。AIの導入を成功させ、本来の目的である「自動化」や「効率化」を実現するためは、「既存業務の分析」「導入プロセスの検討」「導入現場との連携」「目的の明確化」をおこなうことが必須になります。
ケーススタディから、AIの導入に失敗した企業が直面した課題が明らかになりました。これらをクリアすることで、導入を成功させる打ち手が見えてくるはずです。
あらためて、導入が失敗に陥りがちな問題点をクリアし、成功へと導く必須アクションを整理してみましょう。
まず、導入前に現在の業務プロセスを体系化していなければ、AIが担う領域の判断ができません。業務内容を詳細に分析し、AIで代替できる部分を検討し、どれだけ工数が削減できるかを明らかにしておくことが大切です。
さらに、スムーズな導入には、社内の理解も重要です。どの業務がどのように変わるのかを明確にし、社内で共通認識をとることが必要です。
次に、導入の際は一斉にAI使用プロセスに切り替えるのではなく、段階的な導入や特定領域でのトライアル導入を検討すべきです。AIの性能はデータの質と量に依存するため、データの適切な準備や試験運用が不可欠です。AIの効果を確認しつつ、適用範囲を徐々に拡大していくのが望ましいでしょう。
前述しましたが、スムーズな導入には現場の理解が必要です。導入を進めるリソースを現場や第3者に丸投げせず、現場と導入推進者が一体となって導入を進めましょう。AIの実装への忌避感や懸念点を事前に聞き取っておき、ガイダンスやレクチャーでフォローすることで、現場の不安を解消することができ、導入が加速します。
最後に、AIを導入する目的を設定することが大切です。「AIによってどのような業務を、どのように改善したいのか」を明確化し、KPIを設定することで、それに沿った導入計画を立案します。
導入後の評価基準が明確になって初めて、KPI達成に向けたアクションプランが立てられます。目的と手段を混同していないか、つまり「AIを入れることそのものがゴールになっていないか」という振り返りも重要です。
他のケースには「DXと同様にAIへの過度な期待を持っている」「専門的な知識、人材の不足」「継続的改善が進められない組織体質」といった失敗要因もあります。
メンバーズでは、ある教育サービス企業さまを対象に「次世代型Webサイトプロジェクト」と呼ばれるPoC(概念実証)を実施しました。約3ヵ月に渡って行われたPoCでは、生成AIによる「ライティング業務の自動化」などの施策が行われ、「制作期間のリードタイムを8週間から3週間へ短縮」「サイト制作におけるコストを4割削減」「人数体制を7割削減」といった成果が得られています。
この事例では、運用業務、改善施策のPDCAをクイックに実行するため、AIに限らない最適なソリューション(生成AI、ノーコードツール、画像制作ツール、プロジェクト管理ツール)を組み合わせ、運用を高度化しました。
※生成AIを活用したWebサイト制作・運用改革によりコスト4割削減、制作期間を半分以下に短縮~ベネッセが運営するWebサイト業務プロセスを抜本的に改革、新体制にて運用を開始~
このように導入を推進するセクションは、AIの実装にこだわりすぎず、「効率化に必要なこと」を俯瞰して考え、現場起点で実行する必要があります。
導入を推進するセクションは、より長期的な視点に立ち、AIの実装や運用をマネジメントしていかなければなりません。
生成AIの導入がビジネスシーンで進む中で、AIの導入効果を最大化させるためには、「いかに社内浸透を進めるか」がポイントになります。2024年にデロイト トーマツグループがプライム上場企業に行った生成AI活用の意識調査では、「3割の企業が生成AI登場に伴う人員配置転換を実施」していました。このようにリーディング企業では、AIの導入と組織改編をリンクする動きが始まっています。
※2:出典「プライム上場企業における生成AI活用の意識調査」(デロイトトーマツグループ合同会社・2024)
https://www2.deloitte.com/jp/ja/pages/about-deloitte/articles/news-releases/nr20240530.html
成功ポイントからもわかるように、AIの導入は単一の業務や部署のスケールではなく、企業全体の可能性を広げる存在として考えることが必要です。導入を推進するセクションが念頭に置くべきポイントは「適切なツールの選定と目的の明確化」「AIの正しい理解の促進」「組織全体のデジタルリテラシーの向上」「長期的視点に立ったロードマップの設定」の4つです。
AIの導入には、企業の具体的なニーズと目標に合わせたツールの選定が大切です。例えば、顧客対応の効率化を目指す企業であれば、自然言語処理に優れたチャットボットの導入が効果的です。
その上で顧客対応の時間がどの程度減少したかなどの、成果を定量的に計測する仕組みを整備することで、導入目的の達成や未達も明らかになり、実効性を持って導入が進みます。
成功ポイントでも紹介した通り、導入を適切に進めるためには、社内のリテラシー向上と必要性の理解が必須です。「AIにできること」「AIとRPAの違い」といった基礎から始まり、社内での研修やセミナーなどで、最新の技術動向や活用事例を学ぶ機会を提供しましょう。
AIの導入は一朝一夕に進みません。長期的なビジョンを持ち、段階的なプロジェクト管理によって、効果的に実装できます。ロードマップを構築して進捗を定期的に評価し、必要に応じて計画を修正していくことが重要です。
導入を推進する側に求められるのは、これらのアクションプランを立て、漏れなく実行していくことです。AIの導入がゴールではなく、新たな価値を創出することが真の目的である――このメッセージも強調しましょう。
AIの導入を成功させる戦略を描き、組織全体が一丸となって取り組む環境を整えていくのです。
AI技術の進化により、ビジネスには新たな可能性が広がっています。自動化や効率化にとどまらず、「アイデアの創発」の可能性を探ることで、新たなビジネスチャンスの創出につながります。
AIの導入は単なる技術の導入ではなく、組織全体のデジタルリテラシー向上や長期的なビジョンを持つことが求められます。AI導入の推進者は、適切なツールの選定と目的の明確化、社内でのAIの正しい理解の促進、デジタルを踏まえた組織変革、そして長期的視点に立ったロードマップの構築をリードしなければなりません。
このポイントから見えてくるのは、ヒューマンセントリック(人間中心)のアプローチです。
総務省と経済産業省が共同で策定した「AI事業者ガイドライン(第10版)※3」でも、AIを活用する事業者が取り組むべき事項の筆頭に「人間中心」が挙げられています。AIはあくまでツールであり、導入そのものがゴールではありません。社員一人ひとりがAIの強みとポテンシャルを理解し、最大限に活用できる環境を整えることが成功の鍵です。
※3:出典「AI事業者ガイドライン(第10版)」(総務省/経済産業省・2024)
https://www.meti.go.jp/press/2024/04/20240419004/20240419004-1.pdf
株式会社メンバーズ
「“MEMBERSHIP”で、心豊かな社会を創る」を掲げ、DX現場支援で顧客と共に社会変革をリードする、株式会社メンバーズです。