執筆者紹介
株式会社メンバーズ
「“MEMBERSHIP”で、心豊かな社会を創る」を掲げ、DX現場支援で顧客と共に社会変革をリードする、株式会社メンバーズです。
生成AIは、ビジネスの多岐にわたる領域で急速に普及しています。その強みは、高度なデータ処理能力や大規模言語モデル(LLM)、機械学習アルゴリズムを駆使して、テキスト、画像、音声などのコンテンツを自動的に生成できる点にあります。
生成AIの活用によって、企業はこれまで以上に高度なUX(ユーザーエクスペリエンス)を実現し、新たな価値の創出が期待されています。
「ユーザーが製品やサービスを利用する際の総合的な体験」を指すUXは、ユーザー満足度の向上に不可欠です。企業は顧客のロイヤルティを高め、ブランド価値を向上させるために、UXの改善に注力しています。
ECサイトでは個々のユーザーに最適化された商品提案がおこなわれるようになり、ユーザーの問い合わせ履歴を基に、高精度の回答を即時に返すチャットボットも登場するなど、UXは新テクノロジーの実装に合わせて進化してきました。
そして、UXは「顧客とのエンゲージメントを深める」CX(カスタマーエクスペリエンス)の観点だけではなく、「生産性を向上させる」視点もあります。従業員が業務でデバイスやサービスを利用する際のインターフェースや、業務自体を高度化するUXも重要です。本記事では、海外企業の事例を通して「生成AIによるUX改善」を成功させるヒントを探ります。
生成AIは革新的なソリューションを生み出すスタートアップ企業がクローズアップされがちですが、大規模で汎用的なAIモデルを投入するGAFAM(Google、Apple、Facebook、Amazon、Microsoft)の動向も注視が必要です。
各社は、生成AIを活用してUXの向上に力を注いでいます。それぞれの施策から、「生成AIによるUXの改善」の方向性をまとめました。
企業 | 生成AI活用によるUX改善方針 |
Google(Alphabet) | 検索結果などから、ユーザーそれぞれのパーソナライズ化を進め体験価値を向上しつつ、プロセスの効率化と生産性の向上を図る。また、Google CloudにVertex AIなどの生成AIサービスを導入し、企業向けAIソリューションを強化。 |
Apple | 一貫したユーザー体験の提供を目指し、2024年のWWDCで生成AI機能「Apple Intelligence」の導入を発表。iPhone、iPad、Macなど複数のデバイスやアプリケーションが連携し、どのデバイスでも統合したUXを実現。 |
Meta(Facebook、Instagram) | ユーザーの過去の行動や現在の文脈を学習し、パーソナライズされた広告を提供し、ユーザーが潜在的に求める体験を先回りして提供することを目指す。また、生成AIを活用して自然言語処理を強化し、メッセンジャーアプリやコメント機能を通してナチュラルなコミュニケーション体験を提供。 |
Amazon | デバイスやプラットフォームとのインタラクションをより自然で直感的にするため、Alexaに生成AIを搭載し、ユーザーとの会話をより自然でパーソナライズされたものに深化。企業向けにはフルマネージド型のAIアシスタント「Amazon Q」の提供を予定。 |
Microsoft |
エンタープライズユーザーのUX向上に力を入れる。OpenAIと提携し、ChatGPTやGPT-4を活用。Bing検索エンジンにChatGPTを統合し、自然な対話形式での検索を目指す。 Microsoft 365アプリにCopilotを導入し、文書作成やデータ分析などの領域で生産性向上を支援。 |
GAFAMが描く未来のUXは、生成AIを基盤に、ユーザーにとってよりパーソナライズされ、自然で効率的な体験を提供する方向へと進化しています。インターフェースからは複雑なテクノロジーを感じさせず、AIが生活や仕事、余暇などのあらゆる場面でユーザーを支えます。
海外の先進企業がどのように生成AIを取り入れ、UXの改善を進めているのか、各業界のケーススタディを紹介します。
Walmartは、アメリカを代表する小売企業として、60年以上にわたり顧客エンゲージメントを強化してきました。店舗にはインタラクティブなマップや店内ナビを導入し、アプリでリアルタイムの在庫情報を提供するなど、シームレスなショッピング体験に注力しています。
2024年1月に開催された世界最大のテクノロジー見本市CESで、Walmartは生成AIによる新しい検索機能を発表しました。顧客が商品を効率的に、よりパーソナライズされた方法で検索できる設計です。
商品名だけでなく、季節やイベントに応じたニーズや質問を入力することで、自動リコメンドや提案をおこなう機能が実装されました。
例えば、「キャンプの計画を手伝って」や「フットボール観戦パーティーの準備」と入力すると、生成AIがキャンプ用品やパーティー用の食材をリスト化します。テントや寝袋、調理器具、アミューズメントグッズなど、各カテゴリーの人気商品も合わせて提案され、一度の検索で必要なアイテムが一括購入できるようになります。
アメリカの家庭は、家計と家族の嗜好を突き合わせたショッピングに週6時間を費やしているという統計があります。従来の検索を劇的に改善する新検索によって、より快適で、効率的なショッピングを実現するという期待があります。
※1:出典「Walmart is building a GenAI-powered shopping assistant」(Walmart Global Tech・2024)
https://tech.walmart.com/content/walmart-global-tech/en_us/blog/post/walmart-is-building-a-genai-powered-shopping-assistant.html
Alibabaは視覚障がい者向けに生成AIを用いた点字翻訳技術を開発するなど、UX戦略で、「アクセシビリティの向上」にフォーカスしてきました。
アクセスしやすいプラットフォームを目指す同社が開発したのは、「Outfit Anyone」という仮想試着ツールです。技術を開発したのはグループのインテリジェントコンピューティング研究所。この研究所は、AIやコンピューティング技術の先端的な研究をおこなっており、キャラクター画像からダンス動画を生成する「Animate Anyone」「DreaMoving」などを生み出しました。
「Outfit Anyone」はユーザーの体型や姿勢に合わせて最適化され、服のフィット感や着こなしスタイルを視覚的に確認できます。ユーザーはオンライン試着を体験できるだけではなく、AIによるスタイリング、ワードローブに合わせたコーディネートのアドバイスも受けられるようになります。
「Outfit Anyone」は現在、サービスへの実装が進められています。このツールは、ユーザーのショッピング体験を向上させるだけでなく、購入率の向上や返品率の低下も期待されます。UXの改善に留まらず、EC事業の価値創出に影響を与える可能性も秘めています。
※2:出典「Alibaba Cloud's New AI Tools Spotted at Apsara 2023」(Alibaba Cloud Community・2023)
https://www.alibabacloud.com/blog/alibaba-clouds-new-ai-tools-spotted-at-apsara-2023_600550
国際銀行のINGは、主要市場であるオランダで毎週約8万5,000人の顧客から電話やオンラインチャットでの問い合わせを受けていました。しかし、従来のチャットボットでは約4割にしか対応できず、多くの顧客にエージェントが対応していました。また、緊急問い合わせ以外は営業時間内のみの対応で、顧客の待ち時間が長くなることが課題でした。
この課題を解決すべく、INGは、コンサルティングファームのマッキンゼーと協力し、生成AIを活用した新しいチャットボットを構築しました。
既存のチャットボットの課題を詳細に分析し、顧客にとって最適な回答を生成するガイドラインを設計。生成AIチャットボットを開発しました。このボットはアーカイブから必要な知識を引き出し、適切にランク付けされた回答を提供します。複数の回答がある場合は、顧客に選択肢を提供する機能も加えられました。
2023年9月の本格リリース以来、1日に数千人以上の顧客が生成AIチャットボットとやり取りしています。問い合わせにも迅速に対応でき、「満足な回答がすぐに得られた」と感じる顧客は以前よりも20%増加しました。今後は電話からチャットへと顧客対応をシフトしていくことで、コールセンターの負荷とコストの軽減が期待されます。
INGとマッキンゼーのチームは、このモデルを10以上のマーケットに横展開し、「40ヵ国3,700万人以上の顧客にメリットを提供できる」と試算しています。
※3:出典「Banking on innovation: How ING uses generative AI to put people first」(McKinsey & Company・2024)
https://www.mckinsey.com/industries/financial-services/how-we-help-clients/banking-on-innovation-how-ing-uses-generative-ai-to-put-people-first
※4:出典「ING selected as one of world’s four most innovative banks」(ING・2024)
https://www.ing.com/Newsroom/News/ING-selected-as-one-of-worlds-four-most-innovative-banks.htm
Duolingoは「誰もが利用できる世界最高の教育を開発する」をミッションに、オンライン言語学習プラットフォームを提供しています。アプリは、全世界で月間8,000万人以上のユーザーに利用されており、同社はプレミアムプランを差別化するため、2023年3月に「Duolingo Max」を発表しました。GPT-4とDuolingo独自のAIシステム「Birdbrain」を活用し、学習パターンや好みに基づく、「そのユーザーだけ」の学習を提供する新機能です。
「Duolingo Max」は、ユーザーの解答に対してAIが詳細な解説を自動生成する「スマート解説」と、カフェや空港などのシーンを想定してAIと会話練習ができる「ロールプレイ」機能を実装しました。従来の学習ソフトでは難しかったパーソナライズされた学習プランを組むことができ、オンライン教師のようなインタラクティブな語学トレーニングができるようになります。
「Duolingo Max」など、生成AIを活用した施策により、2024年第1四半期には有料会員数が54%増加しました。オンライン学習企業の多くが売上の鈍化を発表する中、同社の収益は45%も伸び、教育市場が伸び悩む中で成長を遂げています。
※5:出典「"Duolingo Max” Shows the Future of AI Education」(Duolingo, Inc.・2023)
https://investors.duolingo.com/news-releases/news-release-details/duolingo-max-shows-future-ai-education/
※6:出典「Duolingo Reports 45% Revenue Growth and Record Profitability in First Quarter 2024; Raises Full Year Guidance」(Duolingo, Inc.・2024)
https://investors.duolingo.com/news-releases/news-release-details/duolingo-reports-45-revenue-growth-and-record-profitability/
Stitch Fixは、AIを活用した洋服のパーソナルスタイリングサービスを提供するスタートアップです。同社は特にアルゴリズムに重点を置き、CAO(Chief Algorithm Officer)を設置するなど、技術主導のアプローチを取ってきました。
従来は、スタイリストが経験値を生かして顧客のデータや好みを分析しておこなうスタイリングが一般的でしたが、きめ細かなコーディネートが提案される一方で、スピードには課題もありました。同社は生成AIツール「DALL-E 2」を導入し、「Outfit Creation Model(OCM)」というコーディネート自動生成プロセスでスタイリングの自動化を目指しました。
DALL-E 2により、顧客の好みや体型、ライフスタイルに合わせた迅速かつ精度の高いスタイリングを実現しました。OCMは、単なるアイテムのレコメンドを超え、顧客のワードローブ全体に対して最適なコーディネートを自動生成します。これにより、顧客は着こなしをオンラインで確認でき、購入前後の不安やストレスが軽減されるように。さらに、生成AIによって30分で10,000件の商品説明を自動で生成しており、商品をアップするまでのプロセスも効率化しています。
顧客満足度の向上について定量的な成果は公表されていませんが、「Stitch Fix=魅力的なショッピング体験」というブランディングは強固なものになりました。商品説明の自動生成により、バックヤードの業務効率も大幅に向上しています。
※7:出典「How We’re Revolutionizing Personal Styling with Generative AI」(Stitch Fix Newsroom・2023)
https://newsroom.stitchfix.com/blog/how-were-revolutionizing-personal-styling-with-generative-ai/
世界をリードする化粧品メーカーとして知られるL'Orealは、「ビューティテックのリーディングカンパニー」を目指しており、生成AIによるUX改善にも先進的です。
従来のチャットボットは回答のバリエーションに限界があり、問い合わせが複雑になるとレスポンスへの満足度が下がるのがネックでした。2024年2月、同社はNTTデータが開発したバーチャルアシスタント「Lore」を発表し、「複雑な問い合わせにも、一貫してクオリティの高い回答を提供する」UXを目指しています。
「Lore」は自然言語処理に基づき、会話のような応答でUXを高めており、オンラインストアに紐づいたショッピングへも誘導するなど、機動的なAIボットとして進化しました。
「Lore」の実装による効果検証はこれからですが、従来のチャットボットでは難しかった応答性の高いコミュニケーションに期待がかかっています。また、同社は「CES 2024」で、生成AIを活用したアプリ「Beauty Genius」を発表。長時間のフライトを経たユーザーには「アイクリームを塗ってからの肌診断」を勧めたり、プレゼンを控えたユーザーには自信に満ちたメイクの提案に応えたりするなど、対話型のきめ細かな美容アドバイスを実現しています。
※8:出典「生成AIは美容や買い物にも浸透、ロレアルのAI美容アドバイザーがCESの目玉に」(日経クロステック(xTECH)・2024)
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/02716/011900002/
※9:出典「Reinventing The Digital Beauty Experience」(L'Oréal S.A..・2023)
https://www.loreal.com/en/articles/science-and-technology/reinventing-digital-beauty-experience/
航空業界は燃料効率の向上や環境負荷の軽減が求められています。航空機エンジンと医療機器、電力の3事業を手がけるGE(ゼネラル・エレクトリック)は、「航空機エンジンの設計と製造」においてUXを改善させました。
その取り組みの一つが部品設計の最適化です。AIと機械学習を駆使して設計フレームワークを開発し、ガスタービンの空力部品設計を効率化するプロジェクトを進めました。このプロジェクトの目標は、設計サイクルの時間を30~50%短縮し、より効率的な設計を実現することです。
同社は流体力学の計算分析を短時間でおこなうためにサロゲートモデルを構築し、設計のバリエーションを迅速に評価できるようにしました。これにより、設計プロセスの効率が劇的に向上しました。
設計時間が30~50%短縮されたことで、設計者は多様な設計オプションを迅速に評価し、最適なソリューションを選択できるようになり、イノベーションが加速します。また、AIが設計の各段階で最適なパラメータを提案することで、製品の品質が全体で20%向上しています。
※10:出典「ADVANCED RESEARCH」(GE Vernova・2024)
https://www.ge.com/research/newsroom/ge-integrating-ai-enable-performance-informed-gas-turbine-inverse-design
Kaiser Permanenteは、米国最大級の健康保険組織として、健康保険と医療サービスを1,230万人以上の会員に提供しています。同組織は、利用者(患者)にシームレスで、なおかつパーソナライズされたUXを提供するため、医療記録の管理や予約プロセスの効率化を目指しました。
生成AIによってモバイルアプリのデザインを再設計し、利用者は求める医療サービスや情報にスピーディーかつ直感的にアクセスできるようになりました。アプリ内ではデジタルIDカードによって予約のチェックインや処方箋の受け取りができ、利便性も向上しました。
再設計されたデジタルプラットフォームにより、アクセス数は2倍以上に増加。アプリを通じたオンライン予約が容易になり、予約数は従来の80%も増加しました。利用者は自分の医療情報を直感的に管理できるようになりました。医師との安全なメッセージ交換やオンラインで相談ができるようになり、エンゲージメントも向上。デジタル体験に関する会員の満足度は、リニューアル前の86%から92%へと上昇しています。
※11:出典「We’re a Fast Company Innovation by Design Winner」( Kaiser Permanente・2022)
https://about.kaiserpermanente.org/news/we-are-a-fast-company-innovation-by-design-winner
※12:出典「Kaiser: Members who use app are more adherent, satisfied, and loyal」(MobiHealthNews・2014)
https://www.mobihealthnews.com/38904/kaiser-members-who-use-app-are-more-adherent-satisfied-and-loyal
生成AIは、業界の壁を越えて、UXを劇的に変革する力を持った強力なツールです。マッキンゼーのリポートでは、生成AIが世界中の産業において年間2.6兆ドルから4.4兆ドル相当の価値を創出する可能性があると推定しており、特に金融セクターでは生産性の向上により年間2,000億ドルから3,400億ドル(営業利益の9~15%相当)の潜在的利益が見込まれています※13。
生成AIの導入によってUXを向上させることは顧客満足度や業務効率の向上とコスト削減――これらは競争力の強化につながります。
※13:出典「Capturing the full value of generative AI in banking」(MobiHealthNews・2014)
https://www.mckinsey.com/industries/financial-services/our-insights/capturing-the-full-value-of-generative-ai-in-banking
生成AIがさまざまな業界でUXの向上に貢献していることは、今回のケーススタディでも明らかです。
Walmartがショッピング体験を効率化したり、Alibabaがアクセシビリティに優れたプラットフォームを構築したりするなど、AIを駆使してより個別化したサービスを提供しています。これは顧客とのエンゲージメントを強化し、ブランドロイヤルティの向上を目指す取り組みです。
AIはUXの向上にとどまらず、従業員のエクスペリエンスにも貢献します。INGがコールセンターの負荷を軽減したように、AIは業務の自動化や効率化を通じて従業員の負担を減らし、よりクリエイティブで価値の高い業務に集中できる環境を提供します。
製造業では、AIがUXの設計と改善を通じて設計工数の削減を実現し、イノベーションを加速しています。ヘルスケア分野ではAIが企業や機関と利用者を結びつけ、新たな価値を創出するケースが増えています。
今後、AIはますます高度なパーソナライゼーションとインタラクションを提供していきます。それは単に顧客満足度を向上させるだけではなく、従業員へのエンゲージメントや安全性向上などサービス自体の価値も高めていきます。
生成AIを使用したUX改善は、「使いやすさ」にとどまらず、利用者やサービスを通じて社会全体にインパクトを与える革新が達成できるのです。
株式会社メンバーズ
「“MEMBERSHIP”で、心豊かな社会を創る」を掲げ、DX現場支援で顧客と共に社会変革をリードする、株式会社メンバーズです。