海外の金融業界のDX推進事例―課題と実装から見出す未来
本記事では金融業界の銀行・証券・カード・保険という業態から、「業務の高度化」「CXの改善」「デジタル技術を用いた効率化」という3つの観点で海外の事例をピックアップしました。
海外の金融業界では、デジタイゼーション(既存の紙のプロセスを自動化するなど、物質的な情報をデジタル形式に変換すること)のフェーズを超え、デジタライゼーション(組織のビジネスモデル全体をデジタル化し、クライアントやパートナーにサービスを提供するより良い方法を構築すること)や、その先のイノベーションを目指す取り組みが活発です。
デジタライゼーションの先にあるイノベーションとは、劇的に変化する外部環境に対応しつつ、組織や従業員の変革を牽引し、クラウドやモビリティ、ビッグデータアナリティクス、AI技術などを活用し、新しいプロダクトやサービス、ビジネスモデルを構築するアプローチです。各社はデジタルにより、これまでにないCXや新たな価値を創出し、優位性の確立を目指しています。
ケーススタディを参照することで、金融業界のデジタライゼーションに対する理解を深められるはずです。さっそく、海外金融業界のDX推進事例を見ていきましょう。
1.業務の高度化
BBVA(スペイン)/モバイルバンキングを起点にDXを進め、好業績に貢献
DXの取り組み
スペインの大手銀行BBVA(Banco Bilbao Vizcaya Argentaria)は、欧州における金融DXの先駆的な存在です。目覚ましい成果を上げているのは、「モバイルバンキングの強化によるデジタルチャネルの包括化」「データ分析による顧客インサイトの活用」「オープンバンキングAPIの活用」です。
BBVAのモバイルアプリはForrester Researchに「世界最高のモバイルバンキングアプリ」に選定されるなど、デジタルチャネルの利用率を飛躍的に向上させています。このアプリは預金など通常の銀行取引に加えて、ファンド投資や保険、年金のプランニングなどを網羅する機能が統合されています。ユーザーは、マネーに関するさまざまなニーズを一つのアプリで満たすことができるのです。このアプリを起点としたデジタルセールスモデルを確立し、約5,000万人の顧客がデジタルチャネルを通じて取引をおこなう仕組みを実装しました。
さらに、AWSを利用してグローバルデータプラットフォームを構築し、顧客のアクションを含めた銀行全体のデータを統合・分析。顧客のニーズに合わせたパーソナライズサービスの提供が可能になりました。また、オープンバンキングAPIを活用し、他の金融機関やフィンテック企業との連携を強化。新たな収益源を創出しつつ、金融エコシステムの拡大を図っています。
DXの成果
BBVAは、2023年には史上最高の80.2億ユーロの利益を計上。この業績を牽引するのが、アプリを起点としたデジタルチャネルでの新規顧客獲得です。データアナリティクスの高度化によって、顧客のインサイトを迅速にキャッチし、モバイルバンキングを強化しています。これらの施策の積み重ねにより、2020年からの3年間で新規顧客の成長率は150%に達しています。
Morgan Stanley(アメリカ)/AIによる投資分析でアドバイザリーを次のステージへ
DXの取り組み
世界的な金融企業として知られるMorgan Stanleyは、投資銀行業務や資産管理のサービスを提供しています。同社はAIを活用した投資分析ツール「Next Best Action」を導入し、顧客ニーズに基づくパーソナライズされた投資を提案。アドバイザリー業務を高度化しています。「Next Best Action」は機械学習を活用して顧客の好みや市場動向を分析。最適な投資アクションを提案し、顧客の決断をサポートする機能を担っています。
DXの成果
「Next Best Action」の導入により、同社のアドバイザーは複数の顧客に同時にリーチできるようになり、関係強化のアクションを多く打てるようになりました。ニーズに即したパーソナライズされた投資提案が可能となり、顧客満足度もが向上しています。
Visa(アメリカ)/プラットフォームがブロックチェーン間の資産移動を容易に
DXの取り組み
Visaは決済技術をリードする企業としてブロックチェーン技術の導入と、デジタル決済ソリューションの強化を進めています。ブロックチェーン技術を活用した「B2B Connectプラットフォーム」は、企業間の国際送金を効率化するために実装され、「クロスチェーン決済ハブ」は異なるブロックチェーン間での資産移動を可能にしました。新しいデジタル決済ソリューションも順次導入し、支払い手段の多様化も進めています。
DXの成果
B2B Connectプラットフォームを通じて、商業銀行や国際金融機関との提携が強化され、クロスボーダー決済がより安全に、そしてスピーディーにおこなわれています。クロスチェーン決済ハブは異なるブロックチェーン間での資産移動を容易にし、デジタル通貨の普及が進みました。「Visa Flexible Credential」や「Tap to Everything」機能により、利用者は一つのカードで多様な支払いオプションを選択できるようになっています。
Ping An(中国)/顧客の医療をワンストップでカバーするスーパーアプリを実装
DXの取り組み
Ping An(中国平安保険)は中国からシンガポール、マレーシアにも事業を広げる大手保険グループです。同グループは金融サービスを軸に置きつつ、ヘルスケアにまたがったサービスも強化しています。AIを活用した保険審査の自動化では、96%の審査を自動処理し、審査期間を大幅に短縮する成果を挙げました。顧客は一つのアカウントで金融、ヘルスケアなどの生活サービスをシームレスに利用でき、利便性を高めています。
アプリ「平安グッドドクター」はオンラインの医療相談・病院紹介・診療予約・1時間以内の医薬品サービスを24時間体制で提供。さらにサプリや健康器具を取り扱うECサービス、ユーザーがアップするバイタルデータから運動や生活習慣をアドバイスする機能を搭載。スーパーアプリとして顧客の課題をピンポイントで解決するヘルスケアサービスを提供しています。アプリのユーザーは4億2,000万人以上、累計の相談件数は12億7,000万件以上(2022年末時点)にのぼります。
DXの成果
AIを活用した保険審査の自動化により、審査期間が3.8日から10分に短縮されました。顧客満足度と業務効率の飛躍的な改善を実現しています。また、クロスセリングの強化により、金融とヘルスケアサービスを連携させた顧客サービスを実現。365日24時間の医療サポートなど、顧客のニーズに応じたタイムリーなサービスを提供しています。
2.CXの改善
Santander Group(スペイン)/自動化プロセスによってローン審査に革命を起こす
DXの取り組み
サンタンデール銀行を中核とするSantander Groupは、スペインを拠点とするグローバルな金融機関です。インテリジェントオートメーションとクラウドベースのプラットフォームを活用してローン審査の迅速化を実現。ローン申請プロセスを効率化することでCXの向上を図っています。
導入したのはデジタルワーカー「Blue Prism」。ローン申請から資金提供までのプロセスをわずか2分で完了でき、従来の手動プロセスに比べて大幅な効率化を進めました。クラウドベースのプラットフォーム「nCino」が顧客のローン承認処理をアシストし、迅速な顧客対応につなげています。
DXの成果
同行はアルゼンチンで約12万件のローン申請を3ヵ月で処理することに成功しました。デジタルプラットフォームが顧客体験を大きく向上させたのは、ローン承認までの時間が約40%も短縮されるなど、大きな成果を挙げています。
Charles Schwab(アメリカ)/ロボアドバイザーがポートフォリオを自動で管理
DXの取り組み
Charles Schwabは革新的な投資ソリューションを提供し続けており、証券DXのリーディングカンパニーとして知られます。同社はロボアドバイザー「Schwab Intelligent Portfolios」を実装しました。ETF(上場投資信託)を利用してポートフォリオを構築し、チェックし、必要に応じてリバランスする機能を備えています。ポートフォリオの管理が自動化され、投資家の負担は大幅に軽減されます。
さらに、同社はデジタルプラットフォームを強化。特にデジタルオンボーディング機能を改善しました。これにより、顧客はアドバイザーからきめ細かい支援が受けられるようになります。
DXの成果
投資家は手数料無料で良質な投資管理サービスにアクセスできるようになりました。ポートフォリオ管理の手間を大幅に削減し、より安心して資産運用ができる環境が整っています。デジタルオンボーディングの改善で顧客満足度が向上し、新規顧客の獲得がスムーズになったという報告もあります。
American Express(アメリカ)/リワードの特典をAIがカスタマイズして提案する
DXの取り組み
世界的なクレジットカード会社として知られるAmerican Express(Amex)はCXを向上するため、デジタルリワードプログラムの導入で大きな効果を挙げてきました。DX施策ではパーソナライゼーションエンジン「Orchestraプラットフォーム」を活用し、顧客の行動に基づいた特典のオファーをおこなっています。
DXの成果
カード利用に応じてポイントを獲得できる「Membership Rewardsプログラム」で、「Orchestraプラットフォーム」によるパーソナライズが進んでいます。例えば「ホテル宿泊予約のボーナスポイント」や「高級寝具の40ドルキャッシュバック」といったように、顧客一人ひとりに合わせた特典のオファーが実現しています。顧客エンゲージメントの強化やリテンション率の向上が期待されています。
Axa(フランス)/データ解析により、安全運転をするほど保険料がカット
DXの取り組み
グローバルの大手保険会社として知られるAXAはテレマティクス技術を導入し、自動車保険のパーソナライズを進めています。テレマティクスは車両の運転データをリアルタイムで収集し、そのデータに基づいて保険料を設定する技術です。AXAが開発したプラットフォーム「AXA GO」は運転者の速度、加速、急ブレーキ、携帯電話の使用状況(ハンズフリーを含む)などの運転行動をモニタリング。データに基づいて保険料を個別に設定します。
DXの成果
安全運転をおこなう顧客は保険料が割引される仕組みになっており最大で50%カットという特典があります。また、テレマティクス技術によって公平で透明性を持った保険料が設定されます。インセンティブと公平性の担保により、顧客の満足度は高まっています。また、保険を利用するドライバーが安全運転を心がけるようになるというメリットもあります。
3.デジタル技術を用いた効率化
DBS銀行(シンガポール)/AIによってリスク管理を強化し、現場の効率をアップ
DXの取り組み
DBSはシンガポールを拠点とする金融グループで、アジアで大きな影響力を持っています。DXの取り組みとして、近年はAIと機械学習を活用した不正取引の検知およびリスク管理の強化に注力。この取り組みは、金融取引の安全性を向上させると同時に、業務効率の改善を目指しています。同行はAIによって取引データをリアルタイムで分析し、異常なパターンを検出するシステムを導入しました。顧客の利用パターンを学習し、通常とは異なる行動を自動的にフラグ付けすることで、不正取引の早期発見をねらいます。
また、AIベースのツール「Movement Analyzer」を開発。資産負債管理に関連するビッグデータを解析し、リスク管理報告の効率と精度を向上させるものです。
DXの成果
ビフォア・アフターの定量的な分析は公表されていませんが、データ処理を自動化することでリスク管理の精度が大幅に向上。
現場は「Movement Analyzer」によって手動プロセスを脱却し、リスクに対する即応性を高めました。不正取引の検知率が上昇し、金融犯罪の防止に寄与するというメリットも報告されています。
Fidelity Investments(アメリカ)/VRを活用した新入社員の教育プログラムを実装
DXの取り組み
Fidelity Investmentsは、米国に本社を構える大手証券会社で、資産管理や投資サービスを提供しています。同社はVRを活用した投資教育プログラムを開発し、従業員のトレーニングを強化しています。プログラムは、特に新入社員向けのオンボーディングプロセスに焦点を当て、従来の対面式トレーニングの代替として試験的に導入されました。社員はVRヘッドセットを用いて、仮想空間でアバターとして他のトレーニーと交流しながら、デジタルミーティングや教育セッションに参加します。
DXの成果
VRプログラムに、140名以上の新入社員が参加し、従業員のエンゲージメントが高まりました。顧客の視点を理解し、より良いサービスを提供するスキルの向上、マインドセットの強化が報告されています。
Mastercard(アメリカ)/1,000分の1秒というスピードで不正取引を検出
DXの取り組み
Mastercardは決済テクノロジーを追求し、グローバルに届けています。DXによって取り組むのはAIを活用した不正検知システムの導入です。新たな仕組みの実装により、決済の安全性と効率性を強化してきました。同社の不正検知システムは、数十億件の取引データをAIによってリアルタイムで分析し、疑いのある取引を高い精度で特定できます。クレジットリスクやローンのデフォルトを未然に防ぎ、銀行や消費者の安全を確保するのがねらいです。
DXの成果
不正検知システムの導入により、取引のセキュリティは大幅に強化されました。ミリ秒(1,000分の1秒)単位で不正を検出できることから、クレジットリスクに備えつつ、迅速な対応が可能になります。生成AIによって不正取引の検出速度は従来の2倍に向上し、誤検出を削減しています。
Lemonade(アメリカ)/自転車盗難の保険はわずか2秒でスピード請求
DXの取り組み
Lemonadeは、AI技術を駆使して保険業界に革命をもたらすインシュアテック企業です。AIを活用した保険申請と請求プロセスの導入により、業務プロセスの効率化を進めています。同社を代表するテクノロジーがAIチャットボット「Jim」です。このチャットボットはポリシー条件にのっとって顧客の請求をリアルタイムで評価。複数の不正防止アルゴリズムを実行して請求を承認します。その後、支払い指示を銀行に送信し、顧客に通知するというフローで、保険請求にかかっていた時間を大幅に短縮します。
DXの成果
「Jim」が進めるプロセスにより、保険金の請求は3秒以内というスピードで進みます。特に自転車盗難のケースでは、わずか2秒での請求処理が実現しており、請求処理の現場の負担を軽減するとともに、顧客にも大きなメリットをもたらしています。
グローバル金融のDX動向、および日本企業の課題
海外の金融業界におけるDX動向から、銀行、証券、カード、保険の各業界でイノベーションが進み、デジタルとリアルの両面でCXを変革させつつ、新たな価値を創出していることが分かりました。
海外の金融業界におけるDX動向
業界 |
DX動向 |
銀行 |
AIとデータ分析を駆使し、顧客行動に基づくパーソナライズされたサービスの提供が進み、さらにオープンバンキングの推進により、フィンテック企業との連携が強化されている |
証券 |
AIによって高度な投資分析やリスク管理がおこなわれるようになり、CXは飛躍的に向上した |
カード |
個々の顧客にカスタマイズされたオファーやリワードを提供するように、データアナリティクスを活用し、個別化されたプロモーションを実施している |
保険
|
AIとデータ分析を活用したリスク評価の高度化やパーソナライズされた商品提案が進む。特に、IoTデバイスと連携したテレマティクス保険、ウェアラブルデバイスを活用した健康保険に期待が高まっている |
これらの先進ケーススタディを参考に、日本企業も独自の強みを生かしながらDXを加速させていかなければなりません。以前から「デジタル技術を用いた効率化」は始まっていますが、「CXの改善」や、新事業やプロダクトの創出を視野に入れた「業務の高度化」はまだ開拓の余地があります。
情報通信白書(令和3年版)※16によると、企業が「DXに取り組む目的と得られた効果」について、日本は「業務効率化・コスト削減」「既存製品・サービスなどの高付加価値化」を目的に掲げる企業が圧倒的に多く、アメリやドイツに比べて「新規事業の創出」「ビジネスモデルの変革」が少ないのが現状です。
付加価値を創出し、CXを向上させるためのデジタル活用は喫緊の課題ですが、アプリやAIを導入するだけで効果が期待できるとは限りません。情報通信白書の調査によると、「目的の有無」――つまり、デジタル実装を支えるビジョン・ミッションが具体的な効果を左右するという結果が出ています。
DXは単なるデジタル技術の導入ではなく、システムのモダナイゼーションやクラウドへの移行、データドリブンな体制への変革など、組織の価値観や方向性を大きく変えるものになります。DXを推進する際に羅針盤の役割を果たすミッションとビジョンを施策に紐づけ、先端テクノロジーの実装を戦略的に進めていきましょう。