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物流業界におけるAI活用事例9選―需要予測から配送の最前線まで

EC市場が急拡大するなかで、物流業界は従来の労働力不足に加え、環境負荷の削減やコスト最適化といった課題に直面しています。こうしたサプライチェーンの課題に対するソリューションとして、AIの活用がますます注目されています。

 

本記事では、AIがもたらす業務自動化や効率化、さらに顧客体験(CX)の向上に関する国内外のケーススタディを通じて、物流業界におけるAIの可能性を探ります。

目次

物流DX最前線:AI活用で進化する4つのプロセス改革

物流業界は、かつてない変革期を迎えています。2023年度の宅配便総取扱個数は50億733万個に達し、10年間で約1.4倍に増加しました※1。背景には、国内EC市場が10年間で約2倍の24.8兆円に成長した急拡大があります※2

物流業界は以前から、消費者ニーズの変化や労働力不足、国際競争の激化といった多くの課題に直面してきました。さらに、トラックドライバーの労働規制やサステナビリティへの対応など、新たな課題も加わっています。こうした状況のなかで、物流業界の戦略として注目されているのがAIの活用です。AIは、物流プロセスの効率化やコスト削減、精度の改善、顧客体験の向上に貢献しています。

AIは、これまでの課題に対処し、より精度の高い予測やリアルタイムの意思決定を可能にし、業務の最適化を促進する強力なツールです。物流プロセスにおけるAI活用には以下の4つの領域があります。本記事では、国内外の先進企業による事例を通じて、AIが物流業界で果たす重要な役割を探っていきます。

「AIによる物流改革」の方向性
領域 物流プロセスの課題 AI導入による課題解決 国内外の概況
需要予測と在庫最適化 過剰在庫や品切れのリスク ビッグデータを解析するAIによって消費者の行動や季節的な需要の変動を予測。これにより在庫を過不足なく管理でき、無駄な在庫コストや在庫切れのリスクを大幅に減らせる 2023年のサイバーマンデーで1日あたり4億以上の商品の需要を予測したAmazonや、ユニクロ、ZARA、ウォルマート、セブン-イレブンなどが予測出荷システムを導入
倉庫管理の自動化と効率化 手作業によるヒューマンエラーの発生とピッキング作業の効率化 AI搭載のロボットが最適なルートで商品をピッキングできる。これにより作業時間の短縮やヒューマンエラーの削減が期待される AmazonやZARAやユニクロなどの大手小売業はAIを用いた倉庫管理の自動化を進めており、ピッキングの効率化とエラー率の削減を目指したシステムの導入が進む
輸送とラストマイルの最適化 燃料コストや配送時間が増加する一方で最適なルートの選定が困難 AIによって道路状況や天気をリアルタイムで分析し、最適な配送ルートを提供。燃料コストや配送時間を削減する 欧米の物流企業はAIを活用して配送ルートの最適化に着手しており、ドライバーの走行距離や燃料コストの削減を目指している。自動運転車やドローンの導入によってラストマイル配送の無人化も進む
CXの向上 不在配送が増加してドライバーに負荷がかかり、顧客からの問い合わせ対応の自動化が求められる AIチャットボットや自動応答システムにより、顧客対応の効率が向上し、不在配送の削減が視野に入る 日本の大手宅配会社でもAIの活用が進みつつあり、不在配送を削減するなど、顧客対応の向上が進んでいる
※1:出典「令和5年度 宅配便・メール便取扱実績について」(国土交通省・2024)
https://www.mlit.go.jp/report/press/jidosha04_hh_000310.html
※2:出典「令和5年度電子商取引に関する市場調査」(経済産業省・2024)
https://www.meti.go.jp/press/2024/09/20240925001/20240925001.html

1.需要予測と在庫最適化

キリンビール(日本)/AIが導く需給管理と環境負荷軽減への挑戦

AI導入の背景

キリンビールは、1907年に設立された日本の大手ビールメーカーで、国内市場における主要なシェアを占める業界リーダーです。AIを活用した需要予測や製造計画の最適化を通じ、物流プロセスの効率化と環境負荷の軽減に取り組んでいます。
 

AI導入の成果

同社はAIを活用したシステムを導入し、物流と製造プロセスを効率化しています。資材受給管理アプリ「materio」によって包装資材の調達を最適化し、年間1,400時間の業務時間削減を見込んでいます。また、製造計画作成アプリにより業務時間を約70%削減し、年間1,000時間以上の時間を創出。これらのAI技術により、需給管理の精度向上、物流コスト削減、さらにはCO2排出の抑制が実現されています。

※3:出典「キリンビールとブレインパッドが、ICTを活用したSCMのDXを推進する『MJ(未来の需給をつくる)プロジェクト』を始動」(キリンビール・2022)
https://www.kirinholdings.com/jp/newsroom/release/2022/0930_04.html
※4:出典「ICTを活用したSCMのDXを推進する『MJ(未来の需給をつくる)プロジェクト』第2弾として『製造計画作成アプリ』を7月より運用開始」(キリンビール・2023)
https://www.kirinholdings.com/jp/newsroom/release/2023/0704_04.html

アスクル(日本)/手作業を約75%削減するAI需要予測システム

AI導入の背景

アスクルは1993年創業の大手オフィス用品通販企業で、迅速な配送と豊富な品揃えを強みとしています。取り扱う商品の増加に伴い、物流センターの効率化が課題となり、AIを活用した需要予測システムの導入に踏み切りました。これにより、在庫管理の効率化と作業負荷の軽減を目指しました。
 

AI導入の成果

アスクルが導入したAI需要予測システム「ASKUL AI Demand Forecast」は、物流センター間の在庫移動や補充管理を自動化するものです。これにより、手作業による業務が約75%削減され、入出荷作業の工数は約30%、フォークリフト作業も約15%削減されました。在庫管理の最適化が大きく進展しています。

※5:出典「物流センターと補充倉庫間の商品横持ち計画にAI需要予測モデルを活用」(アスクル・2023)
https://www.askul.co.jp/kaisya/dx/stories/00147.html

2.倉庫管理の自動化と効率化

JD.com(中国)/AIとロボット技術による完全自動化倉庫を北米市場にも展開

AI導入の背景

JD.com(京東商城)は、2004年に設立された中国の大手EC企業です。5億8,800万人以上の顧客を持ち、中国全土に1,500以上の倉庫を運営しています。同社は物流ネットワーク全体の効率化を目指し、AIとロボット技術を活用した完全自動化倉庫の導入も進めています。
 

AI導入の成果

JD.comの北米物流部門、JD Logistics United Statesは、カリフォルニアに最先端の倉庫と配送センターを開設し、グローバルな展開を進めています。カリフォルニア倉庫では、画像スキャナーが商品を数マイクロ秒で検査し、スマート物流システムが自動で仕分けをおこない、自律型ロボットが商品を適切な場所へ運搬します。このシステム導入により、保管ユニット数は1万から3万5,000へ増加し、作業効率は人力と比べて300%向上しました。

※6:出典「JD.com Deploys Automation at Third ‘Self Operating’ Warehouse in California」(Robotics 24/7・2023)
https://www.robotics247.com/article/jd.com_deploys_automation_at_third_self_operating_warehouse_in_california

日本通運(日本)/AIロボットを倉庫に導入し、生産性の向上と省人化を実現

AI導入の背景

日本通運は、1937年に設立された日本最大手の総合物流企業で、自動車、鉄道、海上、航空など多様な輸送手段を活用して、国内外で広範な物流サービスを提供しています。同社は、人手不足や物流コストの増加という課題に直面し、物流倉庫の自動化と省人化を目指してAI技術の実装を進めてきました。特に、物流センターでの運営効率向上を目指し、自律協働型ピッキングロボット(AMR)の導入を進めています。
 

AI導入の成果

日本通運は、ラピュタロボティクス製のAMRを導入し、スタッフがピッキングした商品を自動で所定の場所に運ぶ作業を自動化しました。このシステムにより、ピッキング作業の効率が向上し、作業時間が削減されました。AMRはセンサーを搭載しており、人や障害物を回避しながら安全に作業をおこなえるため、倉庫内での生産性向上と従業員の負担軽減が実現しています。
 
導入の結果、AMR5~7台に対して3名のピッカーで効率的に運用でき、倉庫レイアウトを変更することなく自動化が実現されました。

※7:出典「日通、倉庫向け協働型ピッキングソリューションの本稼働を開始」(NIPPON EXPRESS・2020
https://www.nipponexpress-holdings.com/ja/press/2020/20200826-1.html
※8:出典「物流業界が『協働ロボット』で変わる!日本通運の現場に見る、物流ロボット導入のリアル」(ラピュタロボティクス・2020)
https://www.rapyuta-robotics.com/ja/use-cases/case-nittsu

3.輸送とラストマイルの最適化

UPS(アメリカ)/AIによる配送ルート最適化で物流プロセスを革新

AI導入の背景

UPS(United Parcel Service)は世界最大の貨物輸送会社で、220以上の国と地域の顧客にロジスティクスソリューションを提供し、年間約1,400万個以上の荷物を取り扱っています。効率的な物流プロセスが求められるなか、UPSは配送ルートの最適化を図るAIシステム「ORION(On-Road Integrated Optimization and Navigation)」を導入し、配送効率の向上とコスト削減を目指しました。
 

AI導入の成果

ORIONはAIを活用し、交通状況、天候、配送時間枠など複数の要因をリアルタイムで分析し、最適な配送ルートを算出します。このシステムにより、年間約4億マイル(約6.4億km)の走行距離削減と、1億ドル以上のコスト削減を達成しました。
 
さらに、燃料消費量の削減により、CO2排出量も大幅に削減され、年間1,000万ガロン(約3,785万リットル)の燃料を節約します。ORIONのリアルタイム調整機能により、新規注文や交通状況の変化にも対応し、即座にルートが再計算されるため、配達時間の精度向上にも貢献しています。

※9:出典「UPSは引き続き配送経路最適化によりORIONを強化」(UPS・2020)
https://about.ups.com/jp/ja/newsroom/press-releases/innovation-driven/ups-to-enhance-orion-with-continuous-delivery-route-optimization.html

ボルボ(スウェーデン)/AI自動運転トラックで距離輸送の課題解決に挑む

AI導入の背景

ボルボはスウェーデンの商用車メーカーで、物流業界が抱えるドライバー不足や輸送効率の課題に対処するため、自動運転トラック「VNL Autonomous」を開発しました。AI技術を活用し、長距離輸送の効率化と安全性向上を目指しています。
 

AI導入の成果

VNL Autonomousは自動運転レベル4(SAE L4)のシステム「Aurora Driver」を搭載し、LiDARや高解像度カメラ、レーダーにより400m先の物体を検知できます。24時間の連続運転が可能で、労働時間の制約を超えた効率性を実現。燃費は30%以上改善し、CO2の排出量削減にも貢献しています。

※10:出典「The Volvo VNL Autonomous — Proving the Way Forward」(VOLVO・2024)
https://www.volvoautonomoussolutions.com/en-en/news/press-releases/2024/may/the-volvo-vnl-autonomous-proving-the-way-forward.html

ヤマト運輸(日本)/物流の効率化とエコ化を加速するAI配車システム

AI導入の背景

ヤマト運輸は日本の宅配便市場で約40%のシェアを持つリーディングカンパニーです。ドライバー不足や物流コスト上昇、環境負荷の低減という課題に対応するため、AIを活用した配送予測と配車計画の最適化システムを導入しました。
 

AI導入の成果

ビッグデータとAIを使い、過去の配送履歴や需要トレンドを分析して顧客ごとの配送業務量を予測。これにより、最適な配車計画を自動作成し、配送生産性が最大20%向上しました。また、走行距離の短縮でCO2排出量は最大25%削減。AI導入により、ドライバー不足解消やコスト削減も実現し、持続可能な物流運営を支えています。

※11:出典「ビッグデータ・AIを活用した配送業務量予測および適正配車のシステム導入について」(ヤマトホールディングス・2021)
https://www.yamato-hd.co.jp/news/2021/newsrelease_20210803_1.html

4.CXの向上

DHL(ドイツ)/高精度の配達時間予測システムでCXと効率を両立する

AI導入の背景

DHLは、1969年設立のドイツ拠点の物流大手で、220以上の国と地域で事業を展開しています。同社は以前から国際配送も含めて配達時間の正確な予測を課題としており、顧客により正確でフレキシブルなサービスを提供するため、AIを活用した配達時間予測システムを構築しました。
 

AI導入の成果

AIを活用して配送ルートや過去のビッグデータを分析し、90~95%の精度で到着時間を予測します。また、交通や道路状況をリアルタイムで反映し、最適なルートを設定することで遅延の防止を図っています。さらに、顧客には到着時間がリアルタイムで通知され、配達時間や受取場所の変更も容易におこなえます。
 
これにより、初回配達の成功率が向上し、顧客満足度も大幅に改善されました。効率的なルートプランニングによって、燃料消費の削減やCO2排出量の減少にもつながりました。

※12:出典「物流ならびにラストマイル配送におけるAIの活用」(DHL・2023)
https://www.dhl.com/discover/ja-jp/logistics-advice/logistics-insights/ai-in-logistics-and-last-mile-delivery

佐川急便(日本)/年間2,000億円のコスト―再配達問題をAIで解決

AI導入の背景

佐川急便は1957年創業の大手宅配事業者で、日本の宅配便市場で約30%のシェアを持つ業界第2位の企業です。近年、再配達の増加が課題となっており、個人向け配送の「不在配送」は全体の約2割を占め、年間2,000億円のコストにつながっています。この問題に対応するため、佐川急便はAIと電力データを活用した再配達解消の取り組みを開始しました。
 

AI導入の成果

AIを活用し、スマートメーターから取得した電力データを分析することで在宅状況を予測するシステムを開発。このシステムにより、不在配送を減らし、AIが最適な配送ルートを提案します。東京大学内での実証実験では、不在配送が9割削減され、配送成功率は98%に達しています。また、横須賀市でおこなわれたフィールド実証実験でも、不在配送を約2割削減できました。総移動距離も5%減らすことができ、環境負荷の軽減にも貢献しています。

※13:出典「世界初『AI活用による不在配送問題の解消』フィールド実証実験にて、不在配送を約20%削減」(SGホールディングス・2023)
https://www.sg-hldgs.co.jp/hikyakulabo/archive/detail/202203_02.html

AIが加速する物流プロセスの変革:需要予測からラストマイルまで

物流の上流である需要予測や在庫管理、倉庫運営はもちろん、下流のラストマイルにもAIが活用され、輸送の最適化やCXの向上に貢献しています。これらの事例を総括すると、AI技術が物流プロセス全体で大きなブレイクスルーをもたらしていることは明らかです。では、今後、物流業界でAIはどのように活用されていくのでしょうか。AIの最新動向を踏まえ、今後を展望してみましょう。

ガートナージャパンは2024年9月10日に「生成AIのハイプ・サイクル:2024年」を発表しました。これによると、「2027年までに生成AIソリューションの40%がマルチモーダル(テキスト、画像、音声、動画など複数のデータを同時に処理する)になる」と予測しています※14。なお、2023年にはマルチモーダルの割合はわずか1%に過ぎませんでしたが、今後急速に普及していくと予想されています。

これにより、物流業界では発注履歴や顧客フィードバックのテキストデータ、商品写真や倉庫の画像データ、顧客の問い合わせなどの音声データを総合的に分析し、より精緻な在庫管理や需要予測、CX向上のカスタマーサービス、インテリジェントなラストマイル最適化が実現します。マルチモーダルAIの進化は、物流プロセスの効率化と高度化に大きく貢献するでしょう。

また、生成AIには新たな技術的アプローチが注目されています。生成AIは「最新情報の欠如」「専門知識の不足」「ハルシネーション(事実と異なる情報を生成)」といった課題を抱えていますが、注目されているのが「RAG」(Retrieval-Augmented Generation:検索強化生成)です。

RAGは外部データベースやツールをAIと連携させ、より正確で信頼性の高い情報を提供する技術です。これにより、リアルタイムの在庫管理や需要予測の精度向上、各顧客のニーズに応じたカスタマイズ物流ソリューション、効率的なルート最適化、そして顧客サービスの質向上が期待されています。

AIにはまだ大きな進展の余地があります。市場動向や顧客ニーズの変化に対応しながら、物流プロセスをさらに高度化するための基盤として期待されています。AIの導入は、競争力を高めるために不可欠なファクターになるのです。

※14:出典「Gartner、『生成AIのハイプ・サイクル:2024年』を発表-2027年までに生成AIソリューションの40%がマルチモーダルになると予測」(ガートナージャパン・2024)
https://www.gartner.co.jp/ja/newsroom/press-releases/pr-20240910-genai-hc

執筆者紹介

株式会社メンバーズ

「“MEMBERSHIP”で、心豊かな社会を創る」を掲げ、DX現場支援で顧客と共に社会変革をリードする、株式会社メンバーズです。

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