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AI倫理のガイドライン:企業が直面するリスク管理の新たな基準とは

ChatGPTの登場から生成AIも浸透し、企業におけるAI活用は加速度的に広がっています。しかしその一方で、AIの誤用や悪用による企業の信用失墜や個人情報の漏洩といったリスクも顕在化しつつあります。

 

そこで、企業は安全かつ倫理的な運用を実現するための新たな枠組みが求められています。2024年4月に策定された「AI事業者ガイドライン」は、これらのリスクに対応するための重要な指針であり、企業がAI技術を活用する際に留意すべき配慮や施策を具体的に示しています。

本記事は企業が実践すべき施策や注意点を解説しつつ、ガイドラインの核となる「人間の生命・財産・精神への配慮」と権利・リスクの関係をひも解きます。また、欧米のAI規制と比較し、日本企業における実務上の影響や、ガイドラインに沿った対応がもたらすブランド価値の向上についても考えていきます。

 

目次

AI事業者ガイドラインの背景:なぜ今、企業にとって重要なのか?

新しく策定された「AI事業者ガイドライン」とはのグラフ

※1:参考「『AI事業者ガイドライン(第1.0版)』を取りまとめました」(経済産業省・2024)
https://www.meti.go.jp/press/2024/04/20240419004/20240419004.html

生成AIの進展が加速するなか、倫理的な運用の枠組みが急務となっています。こうした状況を受け、経済産業省と総務省は「AI事業者ガイドライン」を策定しました。

AIの誤用が企業の信用を損ねるリスクを踏まえ、企業が社会的責任を果たしつつ信頼されるAI活用をおこなうための「行動指針」を明確にしたものです。AIの活用が、個人や社会にどう影響するかを考え、各社がリスクを適切に管理するための指針として位置づけられています。

ガイドラインの概要:進化し続けるAIガバナンスの集大成

このガイドラインは、従来の「AI開発」や「利活用」「ガバナンス」に関するガイドラインを統合したものです。AI開発者、提供者、利用者のそれぞれが留意すべきポイントをまとめ、日本国内の企業に「共通のAI倫理」を浸透させることを目指しています。特に、「リスクベースアプローチ」を取り入れ、企業が自社の役割に応じたリスク管理を実践できるよう設計されています。

AIに関わるすべての企業が注目すべきガイドライン

ガイドラインを把握し、参照すべきなのはAIに関わるすべての企業です。個人情報を含むビッグデータを扱う場合など、リスクが高まる場面も少なくありません。開発者としてAIを生み出す企業、提供者として他者にAIを販売・導入する企業、利用者としてAIを使ってビジネスを展開する企業――それぞれが、ガイドラインを通じて「AIの適切な活用方法」を学び、自社のリスクを軽減することが求められるのです。

ガイドラインをビジネスに活かすための効果的な利用

AI事業者ガイドラインは、本体が35ページで、別添資料は154ページと非常に充実した構成です。第2部で示される「AIガバナンスの構築」においては、経営層によるガバナンスの基盤を構築し、変化するAIの社会的リスクと便益をアジャイルに評価し続けることが求められています。具体的には、経営層が重視すべき「リスクの理解」や「ガバナンスの実行フレームワーク」など、5項目が行動指針として挙げられています。

さらに、AIの導入・活用において経営層が留意すべき「バリューチェーン」の視点も強調されています。AIを導入・活用する企業はバリューチェーンを通じて、AIが各業務プロセスにどのような影響を与えるか、またリスクがどの段階で顕在化しやすいかを把握することが重要です。例えば、データの収集・処理から分析・活用までの各段階で、倫理基準やリスク管理の観点から十分なチェックをおこなうことが、AIガバナンスの効果的な実践につながります。

別添資料では、こうしたバリューチェーンに沿ったAIガバナンスの実践例も紹介されており、AI活用の最前線で徹底されるべき倫理基準やリスク管理の手法が具体的に解説されています。

見えないリスクと曖昧なルール:企業が定めるべきガイドラインの指針

パソコンでグラフを整理している図

生成AIの普及とともに、企業が直面するリスクはますます複雑化しています。AI事業者ガイドラインは法的拘束力のない「ソフトロー」ですが、従わなければ社会から「不適切」と評価され、ビジネスチャンスを失うリスクもあります。

注目すべきリスクの一つは、生成AIによる著作権侵害です。例えば、AIが生成した画像やテキストが他者の著作権を侵害し、法的トラブルに発展するケースがあります。また、生成AIが誤った情報やフェイクニュースを拡散し、企業の信用が毀損されるリスクも見逃せません。

さらに、プライバシー侵害やデータ漏洩も懸念の一つです。適切なデータ管理や透明性のある運用がなければ、社会からの信頼は容易に揺らいでしまいます。こうしたリスクを避けるためにも、AIガイドラインに基づいた厳格なガバナンスと管理体制を築くことが、今後の企業の必須課題といえるでしょう。

ガイドラインの曖昧さにどう向き合う?求められるリスクマネジメントとは

日本のAI事業者ガイドラインは、AI活用の基本ルールを示すものとして位置づけられます。このガイドラインは「AI開発者」「AI提供者」「AI利用者」を対象としていますが、各カテゴリーのそれぞれの定義や責任範囲が曖昧なため、特にスタートアップや中小企業は自社がどのカテゴリーに当てはまるか判断が難しいという課題があります。

また、柔軟性がある一方で法的拘束力がないため、遵守基準が曖昧で解釈の幅が広がりやすい点も注意が必要です。例えば、AIが意図せず事故や事件を引き起こした場合、責任の所在が不明確になりやすく、企業にリスクが生じます。

欧米では、予測不可能なAIの動作によって企業が責任を問われたケースもあります。2023年2月に発表されたGoogle Bardのデモでは、AIチャットボットが宇宙望遠鏡について誤った情報を提供し、その影響でAlphabet Inc.の株価が急落、約1,000億ドルの時価総額が失われるという事態になりました※2。AIシステムの誤作動が企業に大きな経済的損失をもたらした事例です。

こうしたリスクに備えるためにも、ガイドラインを自社の内部規定に具体化し、法律の観点から定期的にアドバイスを受ける仕組みを整えることが重要です。生成AIの急速な発展に対応するためにも、最新のリスク管理に関する知見や対応策を積極的に取り入れていく姿勢が求められます。

※2:出典「Google Share Price: Google shares lose more than $100 billion after AI chatbot Bard flubs answer in ad」(The Economic Times・2023)
https://economictimes.indiatimes.com/tech/technology/google-shares-dive-8-after-ai-chatbot-bard-flubs-answer-in-ad/articleshow/97745778.cms

欧米のAI規制との違い:日本企業が直面するグローバルリスク

AIの規制が進む欧米では、日本企業も無視できない動きが加速しています。特にEUは、2024年に「EU AI規則」を発効し、違反企業に対して巨額の制裁金を課す仕組みを整えました。

日本のガイドラインと比べて、欧米の規制は厳格であり、グローバルに展開する企業には直接的な影響が及びます。EUの場合はEU域内で活動する企業を対象とし、海外企業も越境的に適用されます。一方、日本の法規制は国内に限られ、ガイドラインも国内企業にのみ適用されるものです。

さらに、欧米と日本では罰則規定や制裁金についても違いがあります。EUでは違反時に全世界売上高の一定割合など、巨額の制裁金が科されるケースもありますが、日本では具体的な罰則が定まっていません。各企業は自主的なリスク管理やコンプライアンス強化に取り組む必要があります。

こうした違いを理解し、自社のグローバル展開におけるリスクを把握しておくことが重要です。リスクガバナンスの強化は、競争力だけでなく、企業の信頼性や持続的な成長にもつながります。

生成AIと著作権:企業が留意すべき「見えないリスク」

AIが生成するコンテンツには魅力が詰まっていますが、その裏には「著作権」という見えないリスクが潜んでいます。AI事業者ガイドラインでは、「人間の生命・身体・財産、精神および環境への配慮」が掲げられ、特に生成AIのコンテンツが他者の著作権を侵害しないよう注意が促されています。つまり、生成AIを活用する企業は、まず「著作権リスクの認識」が重要です。

生成AIが学習するデータセットの選定や使用方法には慎重な検討が不可欠です。自社の生成AIがどのデータをもとに何を生み出しているのかを把握し、リスクを最小限に抑える対策が求められます。著作権管理の徹底は単なるリスク回避にとどまりません。企業の信頼性を支え、長期的なブランド価値を守るためにも不可欠なステップです。

AIガイドラインを取り入れている企業事例

オフィスで人々が話している様子

AI事業者ガイドラインが発行される前から、いくつかの企業はAI倫理方針を掲げ、先駆的な取り組みを進めてきました。こうした取り組みは、ガイドラインの精神に合致し、社会的責任を果たす好例となっています。

ソニーグループ/製品開発におけるAI倫理アセスメント100件超

ソニーは2019年に「AI倫理委員会」を設置し、独自のAI倫理ガイドラインに基づき、AIの社会的影響を評価。2021年からは製品開発におけるAI倫理アセスメントも開始し、100件以上の評価を実施しています。
※3:出典「サステナビリティレポート 2024 責任あるAIの取り組み」(SONY・2024)
https://www.sony.com/ja/SonyInfo/csr/library/reports/SustainabilityReport2024_ai_J.pdf

日立製作所/リスク管理チェックリストを導入してAI開発の透明性を向上

2021年に「AI倫理原則」を策定し、透明性を高める「説明可能なAI」の開発に注力。この原則をもとにしたAI利用のリスクを評価・管理するためのチェックリストを活用し、AIを利活用する目的の確認や、社会実装へのリスク評価などをおこなっています。
※4:出典「日立製作所」(日立グループ・2024)
https://www.hitachi.co.jp/

大日本印刷(DNP)/AI倫理方針策定と全社員教育で倫理意識を強化

2024年に「DNPグループAI倫理方針」を策定し、全社員に向けたAI倫理のeラーニングを実施。さらに2023年には「生成AIラボ・東京」を開設し、生成AIの新たな可能性を模索しています。
※5:出典「AIのさらなる活用に向けて『DNPグループAI倫理方針』を策定」(大日本印刷・2024)
https://www.dnp.co.jp/news/detail/20171314_1587.html
※6:出典「『DNP生成AIラボ・東京』をオープンしてパートナーと新たな価値を創出」(大日本印刷・2023)
https://www.dnp.co.jp/news/detail/20170008_1587.html

これらの企業は、AI倫理の分野で先行事例を示し、持続可能なAI活用を推進するモデルケースとして注目されています。

AIガイドラインに向き合うことで「信頼のブランド」を築く

AIガイドラインに従うことは、単に法的リスクを回避するだけでなく、企業が社会的責任を果たすための重要な手段です。IBMの調査によれば、消費者の85%が「企業がAIを活用する際には倫理的配慮が必要」と考えており、経営層の75%もAI倫理を重視しています※7。こうした要請が高まっているなか、ガイドラインの遵守は企業ブランドの維持・向上につながるといえます。

ブランド価値と信頼性の向上
ガイドラインを守ることが企業の信頼性や社会的責任を高める第一歩です。AI利用のリスクマネジメントを徹底することが、消費者やステークホルダーからの信頼を獲得し、ブランド価値の向上につながります。

生産性と顧客満足度の強化
先進企業の事例からもわかるように、AI事業者ガイドラインに則って自社の倫理方針を確立することでAIの利活用が加速します。業務の効率が上がり、生産性が向上。これにより顧客満足度が高まり、ブランドロイヤルティを強固なものに導きます。

イノベーションと市場対応力の強化
明確なガイドラインに沿った環境は、従業員が新しいアイデアにのびのびと挑戦できる場を創ります。AIによる精緻なデータ分析により、市場変化に迅速に対応することが、企業の競争力とブランドを強化します。

※7:出典「AI倫理の実践」(IBM Institute for Business Value・2022)
https://www.ibm.com/thought-leadership/institute-business-value/jp-ja/report/ai-ethics-in-action

継続的なAI倫理対応で企業の未来を導く

AI事業者ガイドラインは、AI技術の導入における倫理的な枠組みを提供する重要な指針です。しかし、企業に求められるのは、策定された基準に一度従うだけでなく、常に最新の動向を把握し、ガイドラインの更新や追加に柔軟に対応できる体制を整えることです。AI技術の利用が広がるなか、社会的リスクの管理体制を継続的に改善していく姿勢が不可欠です。

こうした取り組みこそが、長期的なブランド価値の向上と競争優位性の確保につながり、AI活用における社会的責任を果たすことにも直結します。企業はガイドラインを参照しながらガバナンスを強化し、持続可能なAI活用を追求していくことが求められるのです。

執筆者紹介

株式会社メンバーズ

「“MEMBERSHIP”で、心豊かな社会を創る」を掲げ、DX現場支援で顧客と共に社会変革をリードする、株式会社メンバーズです。

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