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AI SaaSで変わる現場―SaaS is Deadは本当か?

AI SaaSで変わる現場―SaaS is Deadは本当か?

AIの進化により、業務のデジタル化や自動化が次のフェーズへと進んでいます。 生成AIやAIエージェントの発展により、SaaS(Software as a Service)は従来の効率化ツールから業務プロセスを変革するプラットフォームへと進化し、業務最適化を支援するパートナーとしての役割を担うようになっています。本記事では、SaaSとAIの融合がもたらす具体的な利点を整理し、実際の成功事例をもとに、企業がAI活用をどのように進めるべきか、その戦略と展望を考えていきましょう。

目次

SaaSは「ツール」から「業務変革プラットフォーム」へ

SaaSは、企業の業務効率化を支える主要なツールとして成長を続けてきました。市場調査会社Straits Research※1 によると、2023年のSaaS市場規模は1,902.1億ドルに達し、2032年には4,563.9億ドルに拡大すると予測されています。この間の年間平均成長率(CAGR)は10.38%にのぼります。

こうした成長が見込まれる一方で、SaaSの役割も大きく変わりつつあります。生成AIやAIエージェントの進化によって、単なる業務支援ツールから「業務プロセスそのものを変革するプラットフォーム」へと役割を拡大しています。

※1:出典「SaaS Market Size, Share and Forecast to 2033」(Straits Research・2024)

「SaaS is Dead」と言われる理由

近年、「SaaS is Dead(SaaSの終焉)」という議論が話題になっています。これは、SaaS市場が衰退するという意味ではなく、「SaaSが単なるソフトウェア提供ではなく、AIを活用しビジネスプロセスを根本から変える存在へ進化すべき」という考え方を示すものです。

この議論が示すのは、「SaaSがAIと統合することで、従来の役割を超え、より根本的な変革をもたらす」という視点です。では、具体的にどのような変革が進んでいるのでしょうか。SaaS×AIがもたらす主要な変化は、次の3つの領域に集約されます。

SaaS×AIが変革する3つのビジネス領域

AIの進化により、SaaSは単なる業務支援ツールを超え、「業務プロセスそのものを変革するプラットフォーム」へと役割を広げています。SaaS×AIがもたらす主要な変化は、次の3つの領域に集約されます。

  1. 意思決定の最適化
    AIがデータを分析し、次に取るべき行動を自動で提案できるようになっています。例えば、マーケティング分野では、AIが顧客の行動データを分析し、最適なメールやキャンペーンを提案。営業支援では、過去の商談データを解析し、有望な見込み顧客を提示します。カスタマーサポートでは、AIが問い合わせ内容を学習し、最適な解決策をリアルタイムで提供するなど、データドリブンな意思決定が可能になります。
  2. ユーザー体験のパーソナライズ
    AIは、SaaSのユーザー体験を個別に最適化します。単一のテンプレートではなく、ユーザーの利用状況に応じたカスタマイズが可能になりました。例えば、ダッシュボードのレイアウトを自動調整したり、頻繁に使用する機能に基づいて次のアクションを提案したりします。また、AIがユーザーの質問を予測し、適切な解決策を即座に提示することで、サポート体験も向上します。
  3. 継続的な学習と進化
    AIの導入により、SaaSは導入後も継続的に学習し、進化するプロダクトへと変貌しています。AIが利用データを蓄積・分析し、機能や設定を自動で最適化。これにより、業務環境や市場の変化に柔軟に対応し、常に最適なワークフローを提供します。さらに、AIアシスタント機能が最新の知識を学習し、従業員のスキル向上を支援するなど、SaaSの価値が拡張されています。

導入にまつわる課題と、その解決策

ここまで見てきたように、SaaSとAIの統合は、業務の最適化・ユーザー体験の向上・継続的な進化といった多くのメリットをもたらします。しかし、その導入にはいくつかの課題も存在します。例えば、部門ごとに異なるSaaSを利用しているため、「部門間のデータ連携ができていない」と感じる企業は39.9%に上るという調査※2があります。また、SaaSを導入した企業のバックオフィス部門の46.1%が「サービスのUXや機能のわかりづらさ」を課題として挙げているというレポートもあります※3

こうした課題をどのように克服し、SaaS×AIを実践的に活用している企業があるのでしょうか。次章からは、SaaS×AIの導入によって業務変革を実現した企業の成功事例を紹介します。

※2:出典「企業のIT担当者536名が明かしたデータ連携の実態」(Biztex・2024)
※3:出典「経理・財務部門におけるクラウドサービス利用の実態調査」(EnterpriseZine・2021)

SaaS×AIの活用・導入事例

AIを統合したSaaSツール、つまりAI SaaSにより、企業の業務効率化やカスタマーサポートの高度化が進んでいます。ここでは、AI SaaSの活用によって成功を収めた3つの事例を紹介します。

Salesforce(米国)/Agentforceによるカスタマーサポートの自動化

背景と課題、取り組み
Salesforceは、企業向けのCRMツールを提供しており、特にカスタマーサポート分野に強みを持っています。しかし、従来のカスタマーサポートでは、AIを活用したサポートが十分な「人のような対応」に達していないケースが多く、顧客満足度の向上が求められていました。企業は、データに基づいて推論し、ワークフローを活用して、過負荷のチームに代わってアクションを起こすことができる自律型AIエージェントという形でデジタル労働力を供給するように設計された、新しいタイプのプラットフォームを必要としていました。

この課題を解決するために、Salesforceは自社開発のAgentforceを活用し、カスタマーサポートの高度化を図りました。これはマルチチャネル対応の自律型AIエージェントで、生成AIと独自の推論エンジン(Atlas推論エンジン)を組み合わせて顧客の意図を理解し、より適切なサポートを提供できます。Agentforce 2.0では、あらゆる部門が自律型AIを導入し、全従業員がAgentforce in Slackで協業できるようになります。

期待される成果

  • カスタマーサポートの問い合わせの83%をAIが処理することに成功。
  • 人間の対応が必要な問い合わせを50%削減。
  • 週平均の会話数をほぼ倍増。


これらの成果により、Salesforceは年間6,000万件以上のアクセスがある製品サポートやアカウントに関する問い合わせを効率的に処理できるようになりました。

 

※4:出典「Salesforce、Agentforce 2.0を発表 制限のないデジタル労働力を生み出すプラットフォームを提供」(Salesforce・2024)

Gen-AX(日本)/X-Boostによるカスタマーサポートの最適化

背景と課題、取り組み
Gen-AXは、ソフトバンクの100%子会社として2024年7月に本格的に事業を開始。企業向けの生成AI SaaSとコンサルティングサービスを提供し、企業のAX(AIトランスフォーメーション)を支援しています。同社は、2025年1月にコンタクトセンターやバックオフィス部門向けに、照会応答業務の効率化を支援する生成AI SaaS「X-Boost(クロスブースト)」をリリースしました。

X-Boostは直感的なUIを持ち、LLMOpsによるAIモデルの最適化を実現。国内のサーバーでデータを管理しているため、堅牢なセキュリティを担保します。X-Boostは、問い合わせ内容に対して、マニュアルやFAQなどの社内データからナレッジを検索し、最適な回答案を自動生成してオペレーターの画面に表示することができます。

期待される成果
この取り組みにより、企業は「業務負荷の軽減」「対応スピードや品質の向上」「対応内容の均一化」の成果が期待できます。Gen-AXは、2025年度に音声生成AIを活用した自律思考型AI SaaSの提供を目指しており、サービス領域をさらに拡大していく予定です。

 

※5:「Gen-AX、コンタクトセンターなどの照会応答業務を支援する生成AI SaaS『X-Boost』を提供開始」(ソフトバンク株式会社・2025)

PKSHA Technology(日本)/業界特化型AIの提供

背景と課題、取り組み
PKSHA Technologyは、自然言語処理や機械学習を活用し、企業向けの業務最適化ソリューションを提供しています。特に、医療・金融・製造業などの分野では、専門的な知識を要する問い合わせやデータ分析が必要ですが、従来のSaaSでは、それぞれの業界特有の課題に十分に対応することが難しい状況でした。

この課題に対し、PKSHAは業界ごとに最適化されたAIエンジンを開発しました。例えば、医療業界向けには、医療データを解析し、適切な診療ガイドラインを提示するAIを提供しています。また、金融業界向けには、不正取引の検出やリスク分析を自動化するシステムを導入しました。こうした業界特化型のAIを開発することで、それぞれの分野に最適な業務支援が可能となりました。

期待される成果
4,330社に導入され、1日あたり930万人以上が利用しています。AIによるデータ分析と業務プロセスの自動化により、企業の競争力強化に貢献しています。

 

※6:出典「PKSHA Technology Official Website」(PKSHA Technology・2025)

 

これらの事例が示すように、AI SaaSは、単なる業務の効率化ツールを超え、企業の競争力を左右する戦略的な存在へと進化しています。特に、SalesforceのAgentforce、Gen-AXの特化型エージェント、PKSHAの業界特化AIは、LLMやマルチモーダルAIの進化を活かし、より高度なデータ分析・自動化・パーソナライズを実現する代表例といえます。このようなAI SaaSの進化を踏まえ、企業がどのように戦略的に活用すべきかを解説します。

SaaS×AIで業務はどう変わる?

AIの進化により、SaaSの役割は大きく変わりつつあります。単なる業務効率化を超え、ユーザー体験の革新、新しい課金モデルの確立、AIエージェントの進化など、ビジネスのあり方そのものを再構築する動きが加速しています。ここでは、SaaS×AIの進化を象徴する3つの主要トレンドと、それに対応するために企業が取るべきアクションを整理します。

1.ユーザー体験の革新─統合型AIインターフェースの登場

SaaSツールは、より統合的な形で活用される方向へと進んでいます。AIが複数のSaaSを横断的に連携させ、ユーザーが単一のインターフェースで業務を完結できるようになることが想定されます。

未来のシナリオ

  • ユーザーが自然言語で「次回の会議に向けたデータを用意して」と指示すると、AIがデータ分析、スケジューリング、資料作成ツールを自動連携。必要な結果が整理され、ユーザーに最適な形で提供される。

企業が取るべきアクション

  • 現在使用しているSaaSツールの連携性を評価し、データ基盤の整備を進める
  • 将来的な統合型AIエージェントへの対応を視野に入れたシステム設計を検討する

2.課金モデルの進化─「価値ベース課金」へのシフト

AIの導入により、SaaS業界では「価値ベース課金モデル」への移行が進んでいます。従来の「ユーザー単位課金(シート型)」から「成果や業務効率向上レベルに応じた柔軟な課金体系」へと変化していくと考えられます。

未来のシナリオ

  • 業務効率化や成果に応じた柔軟な料金体系が導入される。企業は実際のROI(投資対効果)を明確に把握しながらSaaSを活用し、SaaSプロバイダーは、利用状況に応じた動的な価格設定を提供。

企業が取るべきアクション

  • 自社の業務成果を数値化し、計測可能なKPIとして定義
  • 成果に応じた柔軟な課金体系を持つSaaSツールの導入テストを実施
  • AIソリューションプロバイダーと連携し、カスタマイズされたサービスモデルを検討

3.AIエージェントの進化─マルチAIが業務を最適化

AIエージェントは、単なるタスクの自動化ツールから、複数のAIが協調して課題解決をおこなう高度なシステムへと進化しています。これにより、AI同士が連携し、業務の複数の側面を並行処理する「マルチAIエージェント」の活用が期待されます。

未来のシナリオ

  • マーケティング、営業、カスタマーサポートなどの各業務を担当するAIが連携。各部門で発生する業務をリアルタイムで最適化し、統合的な意思決定をサポート。従業員はAIの補助を受けながら、より創造的な業務へとシフトする。

企業が取るべきアクション

  • まずは単一業務(例:カスタマーサポート)で効果を検証し、徐々に他業務へ展開する「段階的導入モデル」を採用。
  • 異なるAIエージェント同士が連携できるシステム設計を検討し、長期的な業務最適化を図る。

SaaS×AIの融合が業界構造を変革する

これらの進化を踏まえると、AIとSaaSの融合は単なる業務効率化に留まらず、業界構造やビジネスモデルそのものを変革する可能性を秘めています。企業は、AIエージェントや価値ベース課金モデルを活用しながら、小規模な導入から段階的に拡大し、将来的な成長に向けた基盤を構築することが重要です。

AI SaaS導入で変わる企業の対応

AI SaaSは、業務効率化や顧客体験の向上、新たな価値創出を実現し、企業の競争力を大きく向上させます。しかし、こうした技術革新は単なる生産性向上にとどまらず、市場環境やビジネスモデルそのものを変革する要因にもなっています。

SaaS×AIのジレンマ:差別化の難しさ

AI SaaSが広く普及することで多くの企業がそのメリットを享受できる一方、どの企業も類似したAIツールを使うため差別化が難しくなります。

例えば、カスタマーサポートや営業支援にAIを導入する企業が増えれば、AIの活用自体が競争優位性を生み出しにくくなる可能性があります。そのため、単にAIツールを導入するのではなく、独自の強みを活かした活用戦略が求められます。

企業が取るべきアクション
課題 具体的な対策
独自の価値提案の重要性 企業固有の専門知識・データ・プロセスとAIを組み合わせ、特定業界向けに最適化したソリューションを構築する。
継続的なイノベーション AIの進化は速いため、最新技術を活用し続ける戦略が必要。
例:定期的なAIモデルの更新、データの継続的な最適化。
人間とAIの協働 AIだけに頼るのではなく、専門知識を持つ人材と組み合わせることで、より価値の高いアウトプットを生み出す。
カスタマイズと柔軟性の確保 一般的なAI SaaSをそのまま使うのではなく、自社の業務プロセスに適応したカスタマイズをおこなう。
データの質と活用力 AIの精度はデータに依存するため、独自データを蓄積し、活用する仕組みを構築する。
エコシステムの構築 単体のAI SaaSツールではなく、複数のツールを連携し、自社に最適なエコシステムを形成する。

SaaS×AIの普及がもたらす影響と企業の対応策

業務の自動化が進むことで、日本企業が直面している人材不足の課題を解決し、生産性の向上に貢献する可能性があります。特に、反復的な作業やルーチン業務をAIが担うことで、従業員はより高度な業務に集中できる環境が整います。

一方で、業務効率化が進むことで、一部の職種では従来の役割が不要になる可能性もあり、雇用への影響が懸念されています。さらに、AIの活用が進むことで、仕事の定義そのものが変わり、人材に求められるスキルや役割の再構築が必要になります。特に、レガシー企業とスタートアップでは、この変化への捉え方が異なる点で注意が必要です。

レガシー企業:AI活用のメリットを感じながらも、既存の業務プロセスや組織文化の変革が求められ、導入のハードルが高くなりがちです。特に、既存の従業員の役割や業務プロセスをどのように最適化するかが課題になります。

スタートアップ:事業成長を前提に、AIを活用して最適なワークフローを構築し、競争力を強化できます。しかし、技術の急速な進化に追随しながら、継続的な改善をおこなう必要が出てきます。

持続的な競争優位を確立するための3つの戦略

こうした変化のなかで、AI SaaSの普及により単なるツール導入だけでは差別化が難しくなっています。企業が持続的な競争優位を確立するためには、次の3つのアプローチが重要になります。

  1. 独自データの活用による差別化
    SaaS市場が拡大するにつれ、基本機能の差別化は難しくなります。そのため、自社の独自データやナレッジをAIに学習させ、カスタマイズすることで、他社と異なる価値を提供することが求められます。
  2. 新たなビジネスモデルの模索
    AI SaaSが普及することで、「ツール提供型」から「AIを活用したソリューション提供型」への転換が必要になります。
    AIエージェントを活用したSaaSの代表例であるSalesforceのAgentforceは、カスタマーサポートの自動化を超え、顧客の課題解決までを支援する「サービスモデル」へと進化しています。
  3. 継続的なイノベーションと適応力の強化
    AI技術は急速に進化しており、企業は導入後も継続的な最適化と新機能の追加が求められます。特に、近年注目されるマルチモーダルAIは、その適応力を象徴する技術のひとつです。テキスト・音声・画像・動画といった異なるデータを統合的に分析できるため、より高度な意思決定やコンテンツ生成ができます。これにより、企業はAIの精度を向上させるだけでなく、新たなユースケースを開拓し、持続的な競争力を確保できるのです。

AIとSaaSの融合を戦略的に活用し、市場価値を創出する

AIとSaaSの融合は、企業の競争力を高め、新たなビジネスチャンスを生み出しています。しかし、単にAIを導入するだけでなく、継続的にカスタマイズし、データを活用し続けることが、競争優位性の確立には欠かせません。近年では、SaaSの柔軟性とAIの高度な処理能力を組み合わせた「AIを活用するSaaS」や「AI機能をSaaSモデルで提供するサービス」が注目されています。

企業がこの変革の波に適応するためには、まず小規模なAIプロジェクトを導入し、段階的に拡張していくことが求められます。持続可能な成長を遂げるためには、こうしたAI活用型SaaSを戦略的に活用し、独自の競争戦略を構築することが不可欠になるのです。

執筆者紹介

株式会社メンバーズ

「“MEMBERSHIP”で、心豊かな社会を創る」を掲げ、DX現場支援で顧客と共に社会変革をリードする、株式会社メンバーズです。

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