執筆者紹介

株式会社メンバーズ
ミッション「“MEMBERSHIP”で、心豊かな社会を創る」を掲げ、運用で社会を変革するデジタルクリエイター集団、株式会社メンバーズのnoteです。主にメンバーズの「ひと」にフォーカスし、「チーム」や「仕事」「事業」「技術」に関する情報を発信します。
関係するプレイヤー | リテールメディアがもたらすメリット | 具体的な価値 |
広告主(メーカー) | 購買データを活用した精度の高いターゲティング広告が可能 | 広告効果の向上、ROIの最大化 |
小売企業 | 広告収益の多角化と、販売促進の強化が可能 | 新たな収益源の確立、ファーストパーティデータの活用 |
消費者 | 関連性の高い広告を受け取ることで、購買体験が向上 | 自分の関心に合った情報を得られる、広告の煩雑さを軽減 |
リテールメディアは、広告主・小売企業・消費者の三者それぞれに大きなメリットをもたらす仕組みとして注目を集めています。しかし、その利点の裏には、新たな課題も存在します。
たとえば、高度にパーソナライズされた広告配信は、ユーザーにとって便利である一方で、「監視されている」と感じさせるリスクや、情報過多によるストレスを引き起こす可能性もあります。企業は、プライバシーへの配慮を前提に、ユーザーが価値を感じられる情報設計をおこなうことが重要です。リテールメディアの活用においては、利便性と信頼のバランスをどう築くかが、今後ますます問われていくでしょう。
リテールメディア市場は、急速に拡大しています。2025年にはグローバル市場規模が1,795億ドルに達する見込み※1で、2028年にはリテールメディアの広告収入がテレビ広告を上回り、総広告収入の15.4%を占めると予測されています※2。
日本市場も同様に成長を続けており、2023年には3,002億円だった市場規模が、2028年には1兆円規模に到達すると予測されています※3、4。この成長を支えているのが、デジタル広告市場の構造変化と、データ活用技術の進化です。
リテールメディアが急成長している背景には、デジタル広告市場の変化と、データ活用の進化という2つの要因があります。まず、従来のデジタル広告は主にサードパーティクッキーを活用し、ウェブ上の行動履歴をもとに広告を配信する手法が主流でした。しかし、プライバシー保護の観点からサードパーティクッキーの規制が進み、これまでのターゲティング手法が通用しなくなりつつあります。そのため、小売企業が持つファーストパーティデータの価値が高まり、リテールメディアの重要性が増しています。
また、広告主の視点では、ROIの明確化が求められる時代に突入しています。単なるブランド認知ではなく、購買につながる施策が重視されるようになり、実際の購買データを活用できるリテールメディアへの投資が加速しているのです。さらに、AIを活用した購買予測や広告のパーソナライズが進み、消費者一人ひとりに最適な広告配信が可能になりつつあります。これにより、広告主にとってはターゲティング精度の向上、消費者にとっては不要な広告の削減といったメリットが生まれています。
リテールメディア市場は急成長しているものの、導入から運用、拡大に至るまでの各フェーズで特有の課題があります。リテールメディアを成功させるためには、これらのハードルを適切に把握し、戦略的に乗り越えなければなりません。リテールメディアの課題を、導入・運用・拡大の3フェーズに分け、それぞれを整理します。
リテールメディアの広告枠は、ECサイトやアプリ、実店舗のデジタルサイネージなど多岐にわたります。しかし、広告主が求めるフォーマットや適切な配置が設計されていなければ収益にはつながりません。
主な課題
リテールメディアの成功には、広告主(メーカー)の継続的な出稿が不可欠です。しかし、多くの小売企業では、広告主への価値訴求や広告商品のパッケージ化が不十分で、出稿が伸び悩むケースが見られます。
主な課題
小売企業にはリテールメディアを「広告事業」としてではなく、「販促の一環」として捉えているケースも少なくありません。そこでは経営層や関係部門の理解が不足し、事業推進が難航することがあります。
主な課題
リテールメディアの強みは、購買履歴や行動データなど、小売企業が持つファーストパーティデータを活用できる点にあります。しかし、データが分散しており、広告配信に十分に活かせていないという企業もあります。
主な課題
広告枠の価格設定や在庫管理が適切でないと、収益を最大化することができません。特に、広告枠の需給バランスを調整する仕組みがないと、広告主の満足度が低下し、継続的な出稿につながらないことがあります。
主な課題
リテールメディアの広告事業は、小売企業にとって比較的新しい領域です。そのため、広告運用やデータ活用の専門知識を持つ人材が不足し、事業の成長が鈍化するリスクがあります。
主な課題
リテールメディアにおける広告フォーマットが限定的である場合、広告主の多様なニーズに応えきれず、出稿機会の損失につながるリスクがあります。キャンペーンの目的やターゲットに応じた柔軟な広告商品が用意されていなければ、競合メディアへの流出を招き、広告収益の最大化が難しくなります。
主な課題
ここでは、リテールメディアの成功事例をもとに、各企業が直面した課題とその解決策を具体的に解説します。さらに、成功企業の取り組みから共通するポイントを導き出し、リテールメディアを成長させるために必要な要素を整理します。
Amazonは、Amazon Advertisingを通じて検索結果連動広告や動画広告を展開し、購買履歴データを活用しています。これにより、広告主は消費者の購入意向が高いタイミングで適切な広告を配信できるようになりました。また、2025年1月には「Amazon Retail Ad Service」を発表し、自社ECのみならず他の小売業者にも広告技術を提供する新たな展開を開始。これにより、小売業者が自社のECプラットフォーム上でAmazonの広告技術を活用できるようになっています。
成果・インパクト
EC内広告の拡大:小売業者が自社ECで検索・閲覧・商品ページに広告を掲載可能になり、広告主のリーチ拡大が実現
アドテクノロジーの外部展開:Amazonの広告最適化技術を他の小売業者に提供することで、業界全体の広告収益向上に貢献
課題 | Amazonの対応策 |
広告枠の設計が不十分で、収益化が難しい(課題1) | 検索連動広告・ディスプレイ広告・動画広告など多様な広告フォーマットを提供し、広告主のニーズに柔軟に対応 |
広告主の開拓が難しく、収益化が進まない(課題2) | 広告主向けのデータ分析ツール「Amazon Marketing Cloud」を提供し、広告の効果測定を透明化。広告主がROIを把握できる環境を整備 |
Walmartは、「Walmart Connect」を通じてECと実店舗の広告データを統合。実店舗での購買データとEC上の行動データを掛け合わせることで、オンライン・オフラインを横断した広告ターゲティングを可能にしました。さらに、2025年3月には「Display Advertising API」を導入し、広告主がWalmartのプラットフォーム上でより柔軟な広告運用をおこなえるようにしました。これにより、広告主はディスプレイ広告をリアルタイムで調整し、消費者の行動に即した最適な広告配信が可能になりました。
成果・インパクト
広告効果の向上:検索広告とディスプレイ広告を組み合わせた場合、購買可能性が3倍、消費額が40%増
リアルタイム最適化:AI活用サイネージ広告により、店舗内の消費者ごとに最適化された広告を配信し、購買行動を促進
課題 | Walmartの対応策 |
データ活用が進まず、広告配信の最適化ができない(課題4) | 「Walmart Connect」により、EC・店舗・アプリの購買データを統合。広告主向けダッシュボードを提供し、広告の最適化を支援 |
広告在庫の最適化ができず、機会損失が発生(課題5) | 広告在庫管理を自動化し、リアルタイムで価格調整をおこなうことで、収益最大化と広告主の満足度向上を両立 |
2022年10月、セブン-イレブンは「Gulp Media Network」を立ち上げ、コンビニ業界初のリテールメディアネットワークを構築しました。セブン-イレブンの膨大な顧客ロイヤルティデータを活用し、購買履歴に基づいたターゲティング広告の提供を開始。また、店内のデジタルサイネージやモバイルアプリを活用することで、消費者の行動データをリアルタイムで収集し、広告主にとってより効果的な広告キャンペーンを実施できる環境を整えました。
成果・インパクト
CPGブランド(消費財メーカー)の広告リーチ拡大:コンビニ業界の強みを活かし、全国のセブン-イレブン店舗を活用した広告配信が可能に
ターゲティング精度の向上:ロイヤルティデータを活用することで、消費者ごとに最適化された広告を配信し、広告パフォーマンスを向上
課題 | セブン-イレブンの対応策 |
社内の理解が不足し、リテールメディア事業の推進が難航(課題3) | 経営層にリテールメディアの収益性を明確に示し、組織全体での理解を促進 |
広告ビジネスの専門知識が不足し、成長が鈍化する(課題6) | 店舗デジタルサイネージとロイヤルティデータを活用し、ターゲティング精度の高い広告商品を開発 |
イオンは、リテールメディア戦略の一環としてオンラインスーパー「Green Beans」においてCitrusAdを活用した広告配信を展開。CitrusAdは2024年3月にEpsilon Retail Media に名称変更し、ターゲティング広告の高度化を推進しています。また、公式アプリ「イオンお買物アプリ」を活用し、電子クーポンやデジタル広告を通じて顧客ロイヤルティ施策と連携。これにより、ECと実店舗を統合した広告配信の仕組みを強化しました。
成果・インパクト
オムニチャネルの強化:CitrusAdとEpsilon Retail Mediaの連携により、オンラインとオフラインの統合広告施策を推進
顧客ロイヤルティの向上:公式アプリを通じたパーソナライズ広告とクーポン配信が、店舗・EC双方の売上向上に寄与
課題 | イオンの対応策 |
広告ビジネスの専門知識が不足し、成長が鈍化する(課題6) | 広告運用の専門チームを設置し、リテールメディアの収益化を推進 |
広告商品の多様化が進まず、収益拡大が難しい(課題7) | メーカーと連携し、EC×店舗の統合型ターゲティング広告を展開 |
先進企業の取り組みからは、リテールメディアを成長させるための共通項が見えてきます。ここでは、それらの成功事例をもとに、広告枠の設計から広告主との関係構築、データ活用、組織体制まで、実務に生かせるポイントを整理します。
広告はECやアプリ、店頭サイネージなど多様な接点に設置されますが、成功企業はUXを損なわず、購買行動をサポートする形で広告フォーマットを最適化。検索連動型やディスプレイ広告などを組み合わせ、広告主のニーズにも柔軟に対応しています。
広告主にとって効果が見えることが出稿継続のカギ。成功企業は、広告の可視化ツールを提供し、販促と連携した施策で出稿の定着を促しています。
広告事業は小売企業にとって新領域。成功企業は部門横断の専門チームを設置し、広告運用・営業・データ分析の体制を整えることで、自立した広告事業として機能させています。
EC・店舗・アプリの購買データを統合し、高精度なターゲティングを実現。さらに、広告在庫の自動管理や動的価格調整により、広告効果と収益性の両立を図っています。
これらに共通して見られるのは、単なる広告の提供にとどまらず、「広告プラットフォーム」としての完成度を高めている点です。データを軸に、広告主とともに価値を創出する姿勢が、リテールメディアの競争力を支えています。広告枠をただ設置するだけではなく、データを最大限に活用することで、広告主にとって魅力的なプラットフォームを構築しているのです。
リテールメディアの成長には、適切な組織体制と専門人材の確保が欠かせません。データ活用・広告運用・広告主(メーカー)との関係構築など、小売企業にとっては新しいスキル領域への対応が求められており、組織づくりの巧拙が事業の成否を左右します。
リテールメディアの推進には、データ分析・広告運用・広告営業の3分野をカバーする人材が中核を担います。既存部門での対応に限界がある場合も多く、社内育成と外部人材の確保を並行して進めることで、継続的に成果を出せる体制づくりが可能になります。
人材カテゴリー | 主な役割 | 必要なスキルセット |
データアナリスト | 購買データ・広告データを統合・分析し、ターゲティング精度を向上させる | データ分析(BIツールなど)、広告KPI(CTR・CVR・ROASなど)のモニタリング |
広告運用者 | 検索連動広告・ディスプレイ広告・動画広告などの最適化をおこない、広告配信を最適化 | デジタル広告の運用(Google Ads、DSPなど)、リアルタイム広告入札(RTB)の知識 |
広告営業 | 広告主との関係構築をおこない、広告出稿の促進と収益最大化を担う | BtoB営業(広告主・広告代理店との交渉経験)、広告効果を定量的に説明するスキル |
成功企業は、マーケティング・EC・広告運用部門の連携に加え、専門人材の内製化と体制の独立性を確保しています。たとえばAmazonでは広告部門を独立編成し、広告主向けの分析ツールや営業体制を早期に整備。Walmartでは、データ基盤の強化と社内連携の推進により、広告主との高度なパートナーシップを構築しています。
加えて、社内の人材開発部門と連携し、リテールメディアに関わる人材へのリスキリングを推進する企業も増えています。業界全体でも、「小売×広告×データ分析」を担える複合型人材へのニーズが高まっており、社内育成や外部採用を通じた体制強化の取り組みが加速しています。
リテールメディア市場は今後さらに成長が見込まれる一方、競争も激しさを増しています。小売企業は広告事業の収益化を進めつつ、広告主にとっての価値を明確に示す必要があります。広告主も、リテールメディアの特性を理解し、データ活用を軸としたマーケティング戦略の強化が求められます。
Googleが2024年にサードパーティクッキーの廃止延期を表明したものの、GDPR(EU一般データ保護規則)をはじめとする世界的なプライバシー規制の強化は続いています。そうした流れのなか、小売企業が保有するファーストパーティデータは、消費者のプライバシーに配慮しつつ、高精度な広告配信を可能にする資産として注目されています。
リテールメディアは今後、単なる広告枠の提供から一歩進み、データを活用して広告主のROI(投資対効果)を最大化する“マーケティングパートナー”としての役割を担うことが期待されます。
今後の市場環境を踏まえ、小売企業と広告主(メーカー)の双方にとって、以下の戦略が重要になります。
小売企業:広告ビジネスの事業化
小売業で重要な戦略は、ファーストパーティデータの統合と分析力を強化することです。これにより、顧客理解に基づく効果的な広告配信を可能にします。また、検索連動・ディスプレイ・動画・オフサイト広告などの、広告商品の拡充も必要になります。広告主のニーズに応えることで、広告ビジネスとしての価値を高められます。
メーカーと共同プロモーションを通じた販促施策の高度化にも注力し、小売企業と広告主の双方にとって大きな成果を生み出す施策も考えられるでしょう。これらの戦略を通じて、広告主にとって「出稿しやすく効果が見える環境」を整えることが求められます。
広告主(メーカー):販売戦略と統合する視点
広告主(メーカー)側に求められることの一つとして、売上貢献度の可視化による広告効果の測定と予算配分の最適化が挙げられます。これにより、広告投資の効率性を高められます。また、小売企業と連携したキャンペーンや販促施策を設計することも重要になります。小売企業の持つ顧客データや販売チャネルを活用することで、販促をより効果的なものにできるでしょう。
さらに、EC・店舗・広告を統合したオムニチャネル戦略の推進も重要なカギになります。単なる広告出稿の場としてではなく、販売施策の一環として組み込む発想が求められます。
リテールメディアは、購買データに基づいた広告と販促の融合によって、売上直結型の仕組みへと進化しています。今後はAIを用いた広告配信の最適化や、ECと実店舗を横断する分析環境の整備が進み、より精緻なPDCA運用が可能になるでしょう。
WalmartやAmazonが先行して取り組むように、ROI向上を継続的に実現する仕組みづくりがカギを握ります。そのためには、自社の保有資産を見極め、広告価値としてどう商品化・運用していくかを明確にする必要があります。
リテールメディアは単なる広告手法ではなく、顧客接点を利益に変える新たなビジネス装置です。そのポテンシャルを引き出せるかどうかは、設計力、運用体制、そして全社での理解と連携にかかっています。
株式会社メンバーズ
ミッション「“MEMBERSHIP”で、心豊かな社会を創る」を掲げ、運用で社会を変革するデジタルクリエイター集団、株式会社メンバーズのnoteです。主にメンバーズの「ひと」にフォーカスし、「チーム」や「仕事」「事業」「技術」に関する情報を発信します。