執筆者紹介
株式会社メンバーズ
「“MEMBERSHIP”で、心豊かな社会を創る」を掲げ、DX現場支援で顧客と共に社会変革をリードする、株式会社メンバーズです。
営業の現場は、いま大きな変革のときを迎えています。競争の激化、顧客ニーズの多様化、そしてテクノロジーの進化――これらの要因が絡み合うなか、営業活動にはこれまで以上に効率化とデータに基づく精密な意思決定が求められています。そこに、AIという新たなゲームチェンジャーが登場し、存在感を発揮しつつあります。
CX戦略のグローバルリーダーであるServion Global Solutionsは「2025年には企業の70%が営業プロセスの自動化にAIを活用する」※1と展望。その未来は着実に現実のものとなりつつあります。また、米国調査会社Gartnerは「2028年までにBtoB販売者の業務の60%が生成AIによる会話型ユーザーインターフェースで実行される」※2と予測しています。AIの技術革新がもたらすのは、営業という機能そのものの本質的なアップデートです。
営業×AIの可能性は、単なるタスクの自動化にとどまるものではありません。営業チームはAIによる顧客データの解析を通して顧客をより深く理解し、きめ細かくパーソナライズしたアプローチができるようになります。本記事では、営業業務におけるAI活用の現状に迫り、その具体的な効果や成功と失敗の事例、そして未来を切り拓く可能性を探っていきます。
※1:出典「AI to power majority of customer interactions by 2025」(ITPro・2017)
https://www.itpro.com/strategy/28281/ai-to-power-majority-of-customer-interactions-by-2025
※2:出典「Gartner: 60% of Sales to Be Carried Out by AI」(Destination CRM・2023)
https://www.destinationcrm.com/Articles/CRM-News/CRM-Featured-Articles/Gartner-60-of-Sales-to-Be-Carried-Out-by-AI-160659.aspx
AIが営業活動に与えるインパクトは、次の3つの分野に集約されます。顧客との関係を深めることでリテンションとエンゲージメントを強化し、案件管理の効率を高め、さらに戦略的な商談と売上予測を支援する――AIは営業を大きく変える力を秘めています。
インパクトを与える領域 | AIが担う役割 |
顧客維持・育成とエンゲージメント強化 | 顧客の行動データから関心やニーズを予測し、リテンションやアップセルを最適化することで信頼を築き、顧客ロイヤルティを向上させる。 |
案件管理とリードナーチャリング | リアルタイムで進捗状況を把握。リードの優先順位付けやデータ分析を通じて成約率を高め、チームの連携と効率を強化する。 |
商談や売上予測と戦略的プランニング | 売上予測とデータに基づいた戦略的アプローチを通じ、商談の質を向上。営業活動の精度と成果を最大化する。 |
まず、「顧客維持・育成とエンゲージメント強化」の領域から見ていきましょう。AIの登場により、営業は「データに基づく確実なアプローチ」へと進化しました。顧客データから深いインサイトを引き出すことで、ニーズに応じた対応が可能になります。これにより、顧客への適切な製品提案や特別オファーが実現し、顧客との信頼関係が強化され、売上向上にもつながります。
AIは顧客データを分析し、個別のニーズに応じたパーソナライズされたコミュニケーションを実現。過去の購入履歴や行動パターンに基づき、適切なタイミングで製品やサービスを提案することで、信頼関係と売上の向上に貢献します。
AIは顧客行動を分析し、再購入のタイミングや関心の変化を把握して最適なオファーを提案します。再購入や追加購入が促され、顧客の信頼と満足度がさらに高まります。
AIは解約リスクを事前に察知し、特別なフォローアップやインセンティブ提供で解約を未然に防止します。ウェルネスメーカーのHydrantはPecan AIの予測モデリングを使用して顧客の行動を解析し、解約の予兆がある顧客を特定。ターゲットを絞ったキャンペーンを実施してコンバージョン率を260%、顧客1人あたりの収益を310%増加させました。
※3:出典「We Used AI to Predict Customer Churn — Now What? Churn Reduction Initiatives」(Pecan AI・2024)
https://www.pecan.ai/blog/churn-reduction-strategies-prediction-playbook/
AIによって顧客へのきめ細かな対応ができるようになり、リテンションやエンゲージメントが強化されます。顧客との信頼関係を築き、長期的なロイヤルティを育む。これによって、営業チームは単なる売上拡大だけではなく、顧客とのエンゲージメントを強め、持続的な成長を目指していくことができます。
次に、「案件管理とリードナーチャリング」におけるAIの活用を考えていきます。営業チームの強化には、AIによる案件管理が欠かせないものになります。データに基づいたリード優先度の設定やチーム全体での効率的な情報共有を実現し、リアルタイムで進捗を把握していく。これがAIのポテンシャルです。営業担当者はもっとも期待できるリードに集中できるようになります。
AIは案件進捗や成約見込みをリアルタイムで把握し、遅延原因の特定や改善策の提案をおこないます。営業活動のスムーズな進行と成果の最大化が視野に入ってきます。
AIによるリードスコアリングで、営業担当者は成約可能性の高い案件にリソースを集中できます。データに基づくアクションを提案することで、商談の成功率もアップします。
AIは情報共有とタスクの進行を一元管理し、リモートでも一体感を維持。リアルタイムの進捗確認により、透明性のある迅速な意思決定を支えます。
AIの活用によって営業活動の効率とリソースの最適配分が実現し、営業メンバーの個々が重点的に取り組むべき案件に集中できます。チーム内の連携が強化されることで、チーム全体のパフォーマンスも高まります。
最後にフォーカスするのは、「商談や売上予測と戦略的プランニング」です。AIは、営業活動の効率化と戦略プランニングにおいて変革をもたらしています。顧客情報の管理や商談記録の自動化により、営業担当者は商談に注力できるようになります。さらに、過去データの分析による売上予測や戦略的アプローチの提案で、データに基づいた精度の高い意思決定が可能になります。
AIによる商談プロセスの自動化と分析で、営業担当者が顧客対応に集中でき、商談の質が向上。成約率の向上や営業スキルの向上が期待されます。
AIは市場トレンドや顧客行動を予測し、売上や需要を高精度で見通します。これにより、在庫管理やマーケティング戦略の最適化が可能です。
AIはリアルタイムで営業チームにインサイトを提供し、商談や戦略の成功率を向上。経営層もデータに基づく迅速かつ戦略的な判断が可能です。
AIが提供する高精度な予測と分析に基づき、営業チームはよりスマートで一貫性のあるアプローチを継続できるようになります。
ここまで営業の3領域におけるAIのインパクトについて見てきましたが、実際の企業ではどのような成果が得られているのでしょうか。AIを活用して営業改革を進めた企業の成功事例と失敗事例を確認し、効果的なAI活用の要点と陥りがちな課題を明らかにしていきます。
大塚商会は、営業活動の効率化と成約率向上を目指し、AIによる行き先案内システムとデータ分析ツール「dotData」を導入。過去データをもとに訪問先の成約確度を予測し、最適な訪問計画を営業担当者に提供する仕組みを整備しました。
・AI行き先案内システム:成約可能性の高い訪問先を提案
・データ分析の迅速化:膨大な商談データの分析を数日で実施
・成果:商談数が3倍に増加、全社の商談件数が2.3倍に拡大し、受注成功率が向上
※4:出典「大塚商会の実践事例 02 『経営・営業DX』」(大塚商会)
https://www.otsuka-shokai.co.jp/dx/jissen-02/
日清食品は、2023年に営業部門へ生成AI「NISSIN AI-chat powered by GPT-4 Turbo」を導入し、企画提案のアイデア出しや資料作成の効率化を図っています。特に商談データを活用した提案内容の自動生成を実現し、営業部門の生産性を大幅に向上させました。
・NISSIN AI-chat導入:特にアイデア出しや企画提案での活用
・業務効率化と提案支援:プレゼン資料作成や商談準備を迅速化
・成果:年間32,591時間の工数削減が見込まれ、営業活動の質とスピードが大幅に向上
※5:出典「日清食品グループにおける生成AI活用の現在地」(経済産業省・2023)
https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/digital_jinzai/pdf/010_02_00.pdf
健康保険公社のACI Corporationでは、販売転換率の向上を目指してSaleskenのリアルタイム営業支援AIを導入。営業担当者は顧客と通話中に即時アドバイスを受け、顧客対応の質を向上させています。
・Salesken導入:顧客との通話中にリアルタイムで支援
・成果:販売転換率が5%未満から6.5%に向上、高品質リードの割合が45.5%から64.1%に増加
※6:出典「Revolutionizing Health Insurance: Case Study」(Salesken・2024)
https://www.salesken.ai/casestudy/health-insurance
通信メディア企業のRogers Communicationsは、AI搭載のSalesChoice Insight Engineを導入し、営業活動の360度ビューを実現。高精度な販売予測や損失予測により、営業戦略の精度を向上させています。
・SalesChoice Insight Engine:営業活動の360度可視化
・成果:販売予測精度が80%、損失予測精度が90%に向上
※7:出典「Rogers」(SalesChoice・2024)
https://www.saleschoice.com/case-studies-sales-enablement/rogers/
ある大手保険会社では、営業効率向上を目的にAIを導入し、提案内容の自動化を進めました。しかし、導入が進むにつれ顧客との人間関係が希薄化する課題が浮上。AIが顧客行動を分析し、提案を自動生成することで効率は向上したものの、対面での対話や個別ケアが減少し、結果として顧客の信頼を損なう事態となりました。
AIへの過度な依存が引き起こしたこの事例は、営業部門でのAI活用に潜む課題の一例にすぎません。営業現場では、他にもさまざまな要因がAIの活用を阻む障壁となっています。以下の表に、具体的な「失敗要因」や「直面する問題点」を整理しました。
失敗の要因 | 直面する問題点 |
データの質と量の不足 | 不完全で断片的なデータや、システム間での統合が難しい状況では、AIは本来の力を発揮できない。信頼できるデータの欠如が、正確な予測や提案を阻む大きな要因に。 |
AIへの過度な依存 | AIに業務プロセスを依存しすぎることで、人間の判断が軽視されるリスクがある。顧客との関係構築が希薄化し、信頼関係が損なわれる場合も。 |
スキル不足 | 現場でのAI活用に必要な知識やスキルが不足している場合、ツールの利便性を十分に活かせない。変化に対する抵抗感も重なり、現場でAI導入が停滞するリスクが高まる。 |
経営層の理解不足 | 経営層が初期投資やリスクに慎重すぎると、AI導入が後回しにされがち。理解と支援が欠如している場合、現場の改革意欲にも影響が出ることも。 |
営業の複雑さの過小評価 | AIシステムは、複雑で多様な営業活動すべてをカバーできるわけではない。営業の現場のリアルな状況を十分に反映しない場合、逆にプロセスが非効率になることも。 |
実装の困難さ | AI導入に伴う既存ワークフローの変更や、新しいプロセスへの適応には、現場の大きな負担がかかる。導入を断念するケースも少なくない。 |
AIへの恐怖心や不安 | AIが営業担当者を置き換えるのではないか、という恐れが現場に広がると、導入に対する抵抗感が増大。社員が安心してAIと共存できる環境作りが不可欠。 |
プロジェクト範囲の広さ | 多くの部署や関係者が絡むと、プロジェクトの焦点が散漫になり、優先度の判断が困難に。明確な目標設定ができないと、効果的な導入は難しい。 |
リソース不足 | 導入には人的・物的リソースが不可欠。多忙を極める営業現場ではリソースの確保が難しく、AI導入が計画倒れになる可能性も。 |
成功事例では「データ分析の迅速化」「営業活動の効率化」「顧客対応の精度向上」といった要素が共通しており、これにより営業活動の質と成約率が向上しています。一方、失敗事例からは「データの質・量の不足」「過度なAI依存」「顧客関係の希薄化」といった課題が浮かび上がります。AIは補助的なツールとして効果的ですが、顧客満足度を維持するには、人間らしい判断やフレキシブルな対応が不可欠であることがわかります。
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AIは商談そのものを代行する段階には至っていませんが、営業活動の補佐役として大きな可能性を秘めています。たとえば、生成AIは言語化の支援により、営業担当者が提案内容を迅速かつ的確に顧客に伝えるサポートを提供します。このように、営業の現場でAIは効率化と精度向上のための不可欠な存在になりつつあります。しかし、AIの実装には適切な戦略とリソースの整備が欠かせません。営業チームがAIを効果的に活用するための必須ポイントは次の通りです。
提案書や議事録、商談内容、次のアクションなどをテキストで記録し、営業プロセスをデジタル化することが不可欠です。これによってチーム全体で情報を一元管理し、AIが学習に活用できるデータをストックすることができます。
AIツールの利用方法や適用範囲を社内で標準化し、営業活動を支える実用的なマニュアルやガイドブックを整備することが重要です。経済産業省と総務省が協力して2024年4月に作成した「AI事業者ガイドライン」も参考に、AI開発者・提供者・利用者の3者の立場から基本理念や指針を理解し、AIの安全な活用を目指すことが求められます。
関連コラム:AI倫理のガイドライン:企業が直面するリスク管理の新たな基準とは
生成AIはテキスト生成が主な用途であるため、日頃から商談内容や顧客への提案をデジタルに記録し、社内で共有する習慣を根付かせることが大切です。
これらの取り組みを通じて、営業のデジタルセールス環境が整い、AIの力を最大限に引き出す基盤が築かれます。AIはツールとして大きなポテンシャルを秘めていますが、その可能性を具現化するのは営業パーソンの創意工夫と連携です。営業担当者の経験と洞察、そしてAIのデータドリブンな支援が融合することで、これまでにない価値を顧客に届け、競争力を一層高める未来が切り拓かれていくのです。
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