コラム

製造業でDXを進める新視点―従業員目線のUX改善で現場が変わる

作成者: 株式会社メンバーズ|2025.01.16

製造業が「UX改善」に取り組むべき理由―現場と顧客体験の両立へ

製造業が直面する課題は、現場作業の効率化やデータの適切な活用、さらにグローバル市場での競争力向上など、多岐にわたります。現場の業務効率を高めること、そして従業員が快適に働ける環境を整えること。それが課題克服の第一歩です。

本章では、UX改善による現場のボトルネック解消と、データ活用による迅速な意思決定の実現に焦点を当てます。これらがグローバル競争力を支える基盤となり、製造業の未来への道筋を示します。

製造現場の非効率が生むボトルネックとは

老朽化やブラックボックス化したシステムは、製造業の現場で作業効率を下げる要因です。複雑な操作が遅延やミスを招く懸念があります。また、部門ごとに異なるシステムが乱立する「サイロ化」で情報の速やかな共有が妨げられ、迅速な意思決定を阻むこともあります。

これらの課題を克服するためには、統一されたシステムの導入や部門間の連携強化が欠かせません。アプローチ方法の一つとして、利用者の使用感を中心に据えるHCD(人間中心設計)の考え方が挙げられます。

リアルタイムデータが経営をスピードアップ

製造業では、データを活用した意思決定がまだ十分に根付いていない現場もあり、効率化や判断の迅速化が課題となっています。こうした課題に応える重要なポイントが、リアルタイムデータの活用です。

例えば、従業員が必要な情報をすぐに取得できるダッシュボードの導入は、作業遅延やミスの防止につながります。同時に、経営層が現場の稼働状況や在庫データをリアルタイムで把握できれば、生産計画やリスクへの対応もスムーズになります。UX改善は、現場と経営の双方にとって不可欠な要素です。

「デジタル製造業」への進化が国際競争力を高めていく

製造業がグローバルで競争力を維持・向上していくためには、現場の効率化と従業員の働きやすさの両立が不可欠です。Deloitteのレポートでは、製造業経営者の86%が「スマートファクトリーを競争力の主要な推進力と見なしている」との調査結果が示されています。

また、「産業用メタバースの導入により労働生産性が平均12%向上する※2」という予測も注目されています。スマートファクトリーや産業用メタバースといった「デジタル製造業」の取り組みは、リードタイムの短縮や品質管理の向上を実現するものです。これらのアプローチが、日本の製造業が国際市場で存在感を高めるための役割を担っているのです。

関連コラム:AI活用で進化する製造業ー世界が注目する12の海外事例

※IoT、AI、ビッグデータ、ロボット技術などの先端デジタル技術を活用して、製造プロセスの自動化・最適化を進め、生産性と品質の向上を図る次世代型の工場
※2:出典「業界展望2024年 産業機械製造業」(Deloitte・2024)
https://www2.deloitte.com/jp/ja/pages/manufacturing/articles/ad/manufacturing-industry-outlook-2024.html

UX改善が導いた、新たな製造業のケーススタディ

製造業が競争力を高めていくためには、従業員体験(EX)の向上とデジタル技術の活用が欠かせません。ここでは、UX改善の取り組みとして、HCD(人間中心設計)の手法をはじめ、多面的なアプローチで現場の生産性や従業員満足度を向上させた国内外の事例を紹介します。それぞれの成功事例を通じて、現場での生産性向上や従業員満足度を実現するためのヒントを探っていきましょう。

日立製作所(日本)/Lighthouseプロジェクトが未来型製造の可能性を示す

背景と取り組み
 
日立製作所の大みか事業所は、世界経済フォーラム(WEF)が推進する「Lighthouse」プロジェクトに参加し、製造現場のデジタル化に取り組みました。これは、IoT技術やデータ分析を活用し、生産工程の効率化を目指すプロジェクトです。製造業に共通する課題として、国際市場における競争の激化や、顧客ニーズの多様化と迅速な対応が求められる現状が背景にありました。

大みか事業所では、これらの課題を解決するために、IoTやデータ分析を活用して、生産現場全体の“人”と“モノ”の動態をリアルタイムで俯瞰できる進捗・稼動監視システムを構築しました。さらに、作業改善支援システムを導入し、動画によって課題を抱える作業を自動的に検出。これにより、作業効率の向上と現場環境の最適化が実現しています。

また、製造業として先進的にABW(Activity Based Working)オフィスを導入。業務内容や目的に応じて働く場所や方法を柔軟に選択できる環境を、開発部門が主導して整備しました。この取り組みは、従業員エンゲージメントの向上や働き方の柔軟性確保に寄与しています。

現場UX改善の成果
        • 生産リードタイムを50%短縮し、生産性を大幅に向上。
        • 直感的に進捗を監視できるシステムを導入し、情報取得を効率化。
        • ABSオフィスを整備し、従業員エンゲージメントの向上と柔軟な働き方を実現。
      • 大みか事業所はLighthouse工場に選定され、国際的にも高い評価を受けています。生産性の向上と合わせて、従業員エンゲージメントの向上も実現しました。
※3:出典「 Digital Evolution Headline Lighthouse第1回:日立の大みか事業所が日本企業初となる世界の先進工場『Lighthouse』に選出」(日立グループ・2021)
https://www.hitachi.co.jp/
※4:出典「開発部門主導での先駆的なABW導入事例 - 株式会社日立製作所 大みか事業所」(Veldhoen + Company・2023)

サムスン電子(韓国)/C-Labプログラムが生む革新と成長

背景と取り組み
 
サムスン電子は従業員のアイデアを育成し、事業化を支援する「C-Lab」プログラムを2012年から実施しています。グローバル市場での競争が激化するなか、このプログラムは、従業員の創造性を引き出し、企業の革新力を強化するという必要性を背景に生まれました。

C-Labでは、年2回のアイデア募集をおこない、選ばれた30~40のプロジェクトが支援を受けます。従業員は通常業務を離れ、6~12ヵ月間ほど自らのアイデア実現に専念できます。メンバーはプロトタイプの開発や市場検証を通じてUX設計の知見を深め、製品やサービスの競争力を向上させるための具体的なスキルを習得していきます。

現場UX改善の成果
        • 2012年の設立以来、872のスタートアップとプロジェクトを支援(うち社内向けのC-Lab Insideは 397件)。
        • 537社のC-Labスタートアップが累計10億ドルの投資を調達。
        • CES 2024で23のイノベーションアワードを受賞し、国際的評価を確立。
C-LabによってUXの重要性が可視化され、事業部門に還元する仕組みが整備されました。サムスン電子は企業カルチャーとしてイノベーションを重視し、持続可能な創造的文化の基盤を構築しています。

※5:出典「Samsung To Exhibit More C-Lab Startups Than Ever Before at CES 2024」(Samsung・2024)
https://news.samsung.com/au/samsung-to-exhibit-more-c-lab-startups-than-ever-before-at-ces-2024
※6:出典「Samsung C-Lab」(Samsung・2024)

ボーイング(アメリカ)/VRトレーニングで技能向上と安全性を両立

背景と取り組み
 
航空機メーカーのボーイングは、熟練技能者の不足や新入社員の育成時間短縮という課題を背景に、VR(仮想現実)技術を活用した技能習得プログラムを導入しました。航空業界では、製造工程の複雑さや高い安全性が求められるため、新しい技術を活用してトレーニングの効率化を図る必要がありました。また、従来の研修では、実際の機材や生産ラインを使用するため、コストが高く、安全性の確保が難しいという課題にも直面していたのです。

VRトレーニングでは、従業員がヘッドセットとコントローラーを使用して、仮想空間内で組立作業をシミュレーション形式で学びます。この技術により、実際の設備を使用せずにトレーニングを実施できるため、安全性を確保しつつ、トレーニング時間を短縮。さらに、反復学習を可能にする仮想環境を活用し、従業員が短期間で必要なスキルを習得できる仕組みを整えました。

現場UX改善の成果
        • トレーニング時間を短縮し、コストを削減。
        • 仮想空間での反復学習により、技能定着率を向上。
        • 安全性を確保しつつ、高度なスキルを効率的に習得。
仮想環境を活用することで、作業の効率性と安全性を同時に向上させる成果が得られています。

※7:出典「Innovation Quarterly Volume 6, Issue 21.」(Boeing・2022)

富士通(日本)/イントラサイト改善で示した「人間中心」の可能性

背景と取り組み
 
富士通では、イントラサイトが「社員の課題やニーズをとらえた情報発信ができておらず、伝わらない使いにくいサイトが乱立している」という課題を抱えていました。20以上のイントラサイトが分散して運用されており、各部門による独自の設計・管理が使い勝手の悪化を招いていたのです。情報へのアクセス性が低いことで業務効率が下がり、従業員が不便を感じる場面が多発していました。

2021年に人事部門を中心にHCD(人間中心設計)の手法を導入し、イントラサイトの全面的な改善プロジェクトが始動しました。特に、従業員を評価者として参加させる参加型プロセスを採用し、現場のニーズを反映した設計を実現。OJT形式でデザイン思考を実践することで、従業員がデザインの重要性を学び、UX改善の文化が組織全体に浸透。これにより、サイトのユーザビリティが向上すると同時に、現場主導の改善文化が定着する成果を挙げました。

現場UX改善の成果
        • ユーザビリティを大幅に向上し、業務効率化を実現。
        • 従業員の90%が「業務に役立つ」と評価。
        • DX推進の基盤として、現場主導型の改善文化を醸成。
日々の業務効率が大幅に向上し、従業員の作業ストレスが軽減されました。従業員の多くが実効性を評価するなど、導入効果が明確に表れています。

※8:出典「人間中心設計の組織導入実践の取り組み」(人間中心設計 2024 第20巻 第2号・2024
https://www.jstage.jst.go.jp/article/hcd/20/2/20_20-02_63/_pdf/-char/ja
※9:出典「デザイン思考でつながる資格『人間中心設計(HCD)専門家』とは」(富士通・2022)

業務改革を支えるHCDとデザイン思考の実践

前章で紹介した事例は、いずれもUXの改善が業務効率化や競争力強化に直結している点で共通しています。ボーイングは、VRを活用した革新的なスキルトレーニングで、DXが現場にもたらす可能性を示しました。サムスン電子は、従業員体験(EX)の向上を通じて、ビジネスの革新を加速させています。富士通は、人間中心の設計を活用し、UX改善を社員エンゲージメントの向上に結びつけました。これらの取り組みには、製造業が市場で競争力を高めていくためのヒントがあります。

現場と顧客ニーズの正確な把握

UXの改善は、現場の課題を正確に理解することからスタートします。現場作業員や顧客との対話を通じて、業務フローや行動パターンを詳細に観察し、潜在的なニーズを浮き彫りにします。単なるデータ分析だけでなく、現場ヒアリングを組み合わせることで、真の課題に迫ることができます。

デザイン思考とHCDで業務改善

2章の富士通の事例でフォーカスしたHCD(人間中心設計)は、従業員と顧客双方の体験価値を向上させるための効果的な手法です。人間工学のガイドラインによると、人間を中心に置くアプローチは、次のように4段階で進められます。

HCDの4段階プロセス:現場改善へのアプローチ
段階 取り組み 具体例
観察(Observe) 現場の業務プロセスを詳細に観察し、課題の根本を把握する 情報取得が煩雑な場面を特定し、改善の出発点を明らかにする
分析(Analyze) 観察データをもとに課題の原因を深掘りし、優先事項を明確化する 情報共有システムの遅延が現場効率に与える影響を定量的に評価する
設計(Design) ニーズを反映したプロトタイプを作成し、操作性や効率性を重視した設計をおこなう 直感的に操作できるダッシュボードやデータ可視化ツールを設計する
評価(Evaluate) 試験運用を通じてフィードバックを収集し、改善点を反映する。最適化されたシステムを提供する フィードバックを基に、UIや機能を微調整し、現場の満足度と効率性を向上させる

導入後にも求められる、継続的な改善

UX改善は単発の取り組みに終わらず、継続的な見直しが求められます。定期的なレビューや現場からのフィードバック収集をおこなうことで、課題を迅速に解決する体制が構築できます。

具体的には、現場や顧客の声を収集してさらなる改善点を特定するための利用状況のモニタリングをおこない、その結果を基にUIの改良や機能追加などのプロセス最適化を迅速に実施することが重要です。継続的な改善を重ねることで、UXが生む価値が現場に根付き、顧客と従業員の双方にとって意義ある体験を提供できるようになります。

製造業の進化を牽引する「Lighthouse」プロジェクト

製造業におけるDX×UXの改善は、どのような成果をもたらすのでしょうか。世界経済フォーラムが主導する「Lighthouse」プロジェクトは、その成功事例を集大成した取り組みです。これまで認定された170以上の工場は、効率向上やUX改善のロールモデルです。

2章で紹介した日立製作所の大みか事業所では、IoT技術やデータ分析を駆使し、リードタイムの短縮や作業環境の最適化に成功しています。この取り組みは、UX改善を通じて現場作業者の効率を高め、生産性向上を実現した好例です。Lighthouseには、製造業の未来を切り拓く明確なビジョンがあります。DX×UXの可能性を探るなかで、見逃せないプロジェクトといえるでしょう。

※10:出典「Lighthouses」(World Economic Forum・2025)
https://initiatives.weforum.org/global-lighthouse-network/lighthouses

人間中心の「体験価値」が製造業を進化させる

製造業DXは、UXと先端テクノロジーを融合することで、企業の競争力を大きく向上させる可能性を秘めています。現場作業の効率化や従業員の働きやすさを追求することで、業務プロセスが最適化され、結果として顧客体験の向上につながります。

これらの取り組みは、単なる技術革新にとどまりません。環境への配慮や社会的価値の創出といった視点も含め、DX時代に必須の「持続可能な成長」を支える基盤になるでしょう。

本記事で取り上げた事例からは、「人間中心の設計(HCD)」と「UXの改善」が製造業DXの中核を担うことが明らかになりました。従業員体験(EX)と顧客体験(UX)を両輪にスパイラルアップしていくことで、製造業が直面する課題解決の道筋が描けます。現場と経営層が連携し、従業員体験を高めるとともに、顧客にとっての価値を最大化する戦略を推進していく必要があります。

今回紹介したHCDとUX改善の実践例は、製造業全体が参考にできる汎用性の高い成功モデルです。自社に合わせたDX×UX戦略を構築し、次世代製造業の未来像を描いていきましょう。